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◇8話◇

※ ※ ※ 「あんれ、変やね―――今宵はどの花魁も行水はしておらんき、まだ空いてると思うたけど……ちょいと、目白・薊や―――もう行水場の湯は落としたんか?」 「あ、えっと……その―――もう湯は落としてくれ、と言われたから落としてしまいましたっちゃ……あの、その……っ……雲隠れのあにさんらがそのように命令してきたから……」 【行水場】と書かれた暖簾がぶら下がっている場所に弦月・【水仙花魁】から手を引かれて共に訪れた大和だったが、入り口の扉には錠が厳重にかけられており―――既に人気も少なくなっていた。すると、唯一扉前に立っていた禿らしき男童が上半身裸に褌という格好で濡れたままの桶や体を拭くための白布を大量に抱えつつ此方へちら、と視線を向けてきた事に気づくと躊躇なく弦月・【水仙花魁】が禿(目白・【薊】というらしい)へと声をかけた。 どこか遠慮がちに此方を見つめてきて、気にしているような目白・【薊】という禿の様子を見て―――大和は何となく察知してしまった。 (おらは―――この郭の人から……歓迎されてないんやな……もしかしたら、睡蓮も……心の底ではおらの事……) 「そうか、目白・薊―――おまえさんは気にせんでええよ。いつも頑張って働いて偉いでありんすな……あとで、わっちがうんと遊んであげるから―――お仕事頑張ってな?」 「はいっちゃ……水仙花魁さまもお仕事頑張ってくださいっちゃ……あ、あの……ここはもう錠がかけられてるけんど……外の行水場なら―――空いてるから良かったら使ってくださいっちゃ!!」 ぺこり、と丁寧にお辞儀する目白・【薊】という禿へ視線を向けている弦月・【水仙花魁】からは―――きっと見えていないのだろう。 暇をもてなしていそうな見知らぬ何人かの高級そうな着物を身に纏っている花魁らしき人達が興味深そうに此方の様子を伺っているからだ。 その人々の視線は主に大和へと集中しているため、この人らが【雲隠れのあにさん】とやらなのではないかとぼんやり、と思いつつ―――これからの郭での生活に不安と憂鬱さを抱かずにはいられなかった。 【雲隠れのあにさん】とやらの大和に対する視線は―――好奇と悪意に満ち溢れていて、まるで己達がわざと目白・【薊】という禿に行水場の錠を閉めて湯を落とけと命令したのだ、といわんばかりに歪みきった表情を浮かべてにや、にやと笑っていたからだ。 「か、からだ―――かゆい……」 「そうさね……そろそろ、外の行水場に行くでありんすか。ありがとうな、目白・薊や―――」 その好奇と悪意に満ちた視線にざわ、ざわと嫌な胸騒ぎを覚えた大和は目白・【薊】に簡単に頭を下げると、そのまま弦月・【水仙花魁】の手をぎゅうっと固く握り返して、その場から早く去りたいという旨を言葉ではっきりと言うのが苦手な自分なりに伝えるのだった。

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