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◇9話◇
※ ※ ※
これから冬に入ろうとしている夜の風は吹き付ける度に自然と歯ががち、がちと鳴ってしまう程に冷たい―――。
一人であれば余裕で入れるくらいに巨大な檜の盥の中で裸となり身を縮こまらせて寒さに耐えていた大和だったが、ひゅーひゅーと音を立てつつ吹き付けてくる夜の風が肌に触れる度に体を震わせながら歯を鳴らしてしまう。
こんな夜は、かつて貧困街で暮らしていた兄と過ごした日々を思い出す。どか雪が降り積もり、辺り一面が真っ白に染まる季節になると―――兄である連翹(れんぎょう)から雪童子の話をよく聞かされていた。雪童子は雪女の弟で大小様々な悪さをしては村人達を得意の嘘と愛嬌で騙し、のらりくらりと罪から逃れては数々の村を渡り歩いて己が振り撒く厄に怯える村人達をあざけ笑っていたとか―――。子供でありながらも、兄からその話を聞いた時は怯えてしまったものだ。
けれど、そんな思い出も―――とっくのとうに手からすり抜けてしまう程に儚いものとなってしまった。
故郷ともいえる貧困街から出て行く時、安堵感を抱いているのを隠そうともせず頬笑んで見送った母や父とは違い、兄だけは今まで見せた事もないくらいに目にいっぱい涙を溜めながら必死で大和を連れ戻そうとしてくれたのをふっ、と思い出す。
「どうしたん……やっぱり―――寒いでありんすか?すまんな……本当はもうちっと薪があれば暖かくしてあげたんに。でもな、あんさんや……こんぐれえで泣きそうになっとるんやったら―――この先、この郭では生きてはいけんでありんすよ?ここには人の姿に擬態しとる鬼がぎょうさん蔓延ってるでありんすからね。さてと、それはそうとわっちが、あんさんの体を洗ってもいいでありんすか?」
「…………」
別に、寒さが厳しくて涙ぐんでしまった訳ではないのに―――と心の中で愚痴りつつ、どこか説教臭い目の前の弦月・【水仙花魁】はやはり苦手だ、と大和が無言で少し不貞腐れて口を尖らせていると急に突き出した唇をぎゅっと摘ままれてしまい呆気にとられてしまう。
「あんさんには口がないんか―――人形か何かなんか?わっちの事が気に喰わないのは仕方ないけんど……せめて返事くらいはしいや!!わっちがあんさんの体を流してもいいのか、悪いのか……どうなんや!?」
「い、いい……です……っ……ご、ご免なさい……弦月・水仙花魁様……」
「なんや……ちゃんと口があるやないの。あんさんはこんなに別嬪さんなんやから、口を尖らせて膨れっ面なんて似合わんでありんすよ。それと、わっちの裸―――あまり、まじまじと見ないでくれや……その―――恥ずかしいからな」
僅かに頬を赤く染めて、目線を少し大和から逸らす弦月・【水仙花魁】の姿を見て―――大和は不覚にもどきどきと宗村高鳴らせてしまい、まじまじと見るなと言われたにも関わらず己あら背を向けて衣服を一枚一枚ゆっくりと脱いでいく弦月・【水仙花魁】の様を食い入るように見つめてしまうのだった。
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