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◇11話◇

弦月・【水仙花魁】の本当の名前を知ったのは―――それからすぐの事だった。 大和はこれからこの【逆ノ目郭】で生活していく上で、どのような困難が待ち受けているのだろうかと不安を抱く。そして、それを振り払うようにして勢いよく真上に浮かぶ月を見上げた。 「あんな、わっちの名前―――秋月っていうんよ。こんなん話したのはあんさんが始めてでありんす。何だか、ちょっぴり恥ずかしいな」 先ほど、弦月・【水仙花魁】が少し遠慮がちに微笑みながら話した言葉を思い出す―――。 冬が目先に迫ってきてるとはいえ、暦上ではまだ秋であり白紙に染み込んだ墨のように真っ黒な夜空にぽつん、と浮かぶ丸い月は―――弦月・【水仙花魁】の本当の姿(名前も含め)と重なり合うように煌々と光り輝いている。その周囲には点々と星が光りを瞬かせているが、やはり月の美しさには叶わないな、と大和は心の中で呟いた。 「今宵は……月が綺麗だな」 「ああ、そうやね……」 自分でも意図していなかった言葉が、ふっと口から零れ―――そして、それに対しての返答を弦月・【水仙花魁】から聞いた途端、睡蓮とは全く別の反応をした様子を目の当たりにしたため思わず吹き出してしまった。 弦月・【水仙花魁】は―――睡蓮とは違って大和が先ほど放った言葉が冗談を含んだ告白の言葉とは気付いていないのか、きょとんとしながら首を傾げつつ生真面目に答える。そんな彼の反応が、大和は意外だと思ってしまった。 (何かと説教くさくて面白みのない人だとばかり思ったのに……どこか抜けてる所も兄さんとそっくりじゃないか……) 「あ、あの……水仙花魁様。おら、貧困街の出で教育をろくに受けてねえから不躾た態度をとっちまうかもしれねえけど―――おら、一生懸命頑張るから……だから……っ……」 「大和……さっきのわっちとの約束、もう忘れたでありんすか?わっちと二人きりの時は―――本当の名前で呼び合おうって決めたでありんしょう?罰として、今宵はわっちと共に眠ってくれな?」 故郷の兄の面影と―――重なり合うようにして、弦月・【水仙花魁】が大和の手を優しく握りながら目を細めつつ柔和に頬笑む。 そして、大和も彼の手を遠慮がちにだが握り返そうとした時のこと―――。 不意に、どこからか強い視線を感じた。水仙花魁からは死角になってて気付いてすらいないだろうが夜目がきく大和には少し離れた木の陰に誰かが立って此方の様子を伺っている事に気付いたのだ。 【逆ノ目郭】に来る前、【神室屋】の場所が分からず迷っていた己が落とした地図を拾い上げ―――そのまま狸のような爺と共に去ってしまった鈴女・【蓮華】という男だと気付いた大和だったが、慌てて木の方へと駆け寄った時には既に風吹かれるさらさとした砂のようにあっという間に姿を消してしまっていた。 ちり、ちりと遠くの方から小さな鈴の音が聞こえた―――ような気がした。

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