「逆ノ目郭での奉公はうまくいってる―――？」 久方ぶりに対面した陽砂の問いかけの言葉を耳にして、大和は面食らってしまった。今まで他愛のない話をしていたというのに、いきなり【逆ノ目郭での奉公】について話題を振られたものだから動揺してしまったのだ。 (意地悪な先輩禿達からの仕打ちを……陽砂に告げて悩みを打ち明けるべきなのか……でも―――気の許せる陽砂に心配かけさせたくない……) その迷いの思いが充分に隠しきれず、ゆらり―――と揺らめく大和の目玉の動きをじっと見つめていた陽砂は不意に何かを言おうと小さく口を開いたが、その後で一瞬だけ言葉の飲み込む仕草をする。 「なあ、大和―――もしも、おめえが辛い目にあってたり奉公が大変なら……また、話を聞いてやるから……だから、またこうして二人きりで会おうな……ほれ、おいらとの約束や―――」 「あ、ああ……や、約束だ……今度また会う時には―――おいらが優しい先輩禿の睡蓮という人から貰った星屑糖っちゅう菓子を持ってきてやるわ」 陽砂と初めて会ってから、其れほど時が経っている訳ではないというのに―――美しさを醸し出してる陽砂の微笑みに思わず見惚れてしまった大和は差出してきた彼の手をぎゅっ、と握り返して約束を交わすのだった。 急速陽砂が美しさを増した理由は―――彼が客の感心を重視するために下っ端の禿にまで高級な着物を纏わせ化粧まで施しをするというこだわりを持つ【神室屋】で働いているという理由だからなのだろうか―――。 カア、カア……カア…… 大和の些細な疑問は、いつの間にか夕暮れ時となり空で自由自在に飛びまわる烏の鳴き声によって掻き乱されてしまう。そろそろ、【逆ノ目郭】に戻らないといけない時刻が迫ってきたからだ。 ―――もうすぐ、客のくる時刻だ。 それは【逆ノ目郭】であれ【神室屋】であれ―――はたまた、他の郭であれ変わらない事だ。 この世界では―――夜が本番だといっても過言ではない。 同じ下っ端禿(働いてる場所は違えど)であり仲間でもある陽砂と共にいるという、この気を許せる唯一の時がずっと続けば良いと願うものの―――生きていく為にこなさなければいけない仕事をほったらかす訳にはいかない。それを充分に分かりきっている陽砂も木の下で屈んでいた身を引き上げ、ゆっくりと店の方へと歩いて行く。 大和は憂鬱そうに小さく溜め息をついて親友でもあり仲間である陽砂の後をついて行くのだった。