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◇17話◇

◆◆◆ それから時は経ち___。 「おい、おい……おめえ__あーっと……【雲隠れ・撫子花魁】やっけか。大丈夫かや?ずいぶんと魘されてたぞ?」 「いちいち言われんでも大丈夫やし……おらは___大和撫子や。お客さん、間違えんといてや……それに、もうお帰りになられる時刻やないんか?」 雑用、性悪な先輩花魁からのいじめ__それに親友の死という苦境を乗り越えた大和はそれらを忘れるかのように、ひたすら【逆ノ目郭】の為に尽力した。そのお蔭もあって、先輩花魁とはいかずともお世辞にも優しいとは言えない郭と主人である狸みたいに太った旦那やその妻である女将の許可を得て___最下層の【雲隠れ・大和撫子花魁】の名を手に入れたのだ。 頬を伝って枕布団を濡らした涙を無視すると、大和はもぞ、もぞと体をゆっくりと起こした。ちっ、と煩しそうに舌打ちした客の意地悪な態度にも気付いたものの、面倒事を極力避けたかった大和は__それすらも無視した。大和の客引きの運が良いのか、はたまた元々小さな事は気にしない客なのかは分からないけれども、それ以上は大和に対して意地悪な態度はとらない。 この【逆ノ目郭】に来たばかりの大和は骨と皮だけのみすぼらしい襤褸を纏った子供だったが、時が経つと共に体付きは成長し__水仙や水仙といった上位の花魁達には届かないとはいえ、一定以上の美しさを満たしていた。だからこそ、旦那や女将は大和に【雲隠れ・大和撫子花魁】の名を授けたのだ。 見た目は変わっても、口調は変わらない大和だったけれども___それでも、それを変えるつもりなど更々無かった。何故かは知らないけれど、口調を変えてしまったら自分らしさが無くなってしまうという漠然な不安に襲われるのだ。 とん、とん……とん…… その時、ふいに___部屋の外側から戸を叩く音がした。この独特な戸の叩き方は、【目白・薊】のものだ。いつの間にか接しているうちに仲が良くなった彼ならば安心出来る、と大和はほっと胸を撫で下ろしながら入室を許可する。 「し、失礼しますっちゃ……あの、そろそろ__次のお客様がいらしておるっちゃ……」 「という事ですので……また、御出下さいませ……これで満足か?」 大和が皮肉たっぷりに言い放つと、その御客は明らかに不満げな表情を浮かべつつも何も言わずに__どす、どすと大きな足音を立てながら部屋を後にした。 「そ、それでは……お次の御客様でございますっちゃ……どうぞ___ごゆるりとお過ごしくださいませ」 【目白・薊】が少し気まずそうに大和へ言うと、そのまま部屋から去って行く。そして、それから間もなくして新たに客が入ってきた。 思わず___大和は目を丸くしてしまう。 「に、兄さ……ん……っ……ど、どうし……」 どさっ……!! 「どうしてここにいるのですか?」と尋ねる前に__大和は貧困街で共に過ごしてきて、兄と慕ってきた男から布団へと強く押し倒されてしまうのだった。

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