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◇19話◇

「あ……兄さま__そんなにも、おらを気にかけて下さるのなら、おらも《婀慈耶》という異国に連れて行って下さいませ!!奉公でも何でもしますゆえ__兄さまが婀慈椰の王宮の誰かに掛け合ってくだされば……っ……」 大和はずっと胸の内に抱えていて、廓の誰にも言えなかった思いを久方ぶりに会えた兄に告げる。今は亡き親友であった陽砂にも、懇意にしてくれている先輩花魁である【弦月・水仙】や【新月・睡蓮】にさえも言えなかった負の感情を__ぽろ、ぽろと涙を流しながら、ぽつりと伝えたのだ。 本来であれば、今すぐにでも__兄と二人でこの鳥籠のような【逆ノ目廓】から飛び出して共に生きていきたいと、遠回しとはいえ心からの願いを伝えたのだが、大和の思いとは裏腹に兄の顔つきは重苦しく――暫しの間、寝所は静寂に包まれてしまう。 「____」 「あ、兄さま……お願いです__おらを……この鳥籠から__さらって……っ……」 「____それは、無理な話だ……あれから、俺はお前をずっと気にかけていたが、それとこれとは話が別だ。俺はお前や母上、それと父上と生き別れとなって婀慈耶へと渡ってから__とある御方にこの身を捧げた。その御方の意向も聞かずに、お前と共に過ごす事は出来ないのだ」 ばしっ………… 心の底から__ふつ、ふつと沸き上がる兄に対しての【怒り・悲しみ・失望】といった負の感情を堪える事が出来ず、大和は咄嗟に頭に付けていた簪を外すと目に涙を溢れさせたままそれを真っ直ぐに此方を見つめてくる兄の顔へ向けて放り投げた。 「……っ…………!?」 その拍子に、鋭く尖った簪の先端が__端正な大和の兄の顔を傷付け、ぽたりと流れた血が井草の香る畳の一部を汚した。 しかし、兄は僅かに表情を歪めたものの嗚咽を堪えきれずに己を睨み付けてくる大和から視線を逸らす事はなく__それどころか怒りや悲しみといった負の感情に囚われ巧く受け止めきる事がまだ出来ない未熟な弟へと声を荒げ叱り付ける事さえしない。 ただ、弟である大和に対して悲しげな目を向けるばかり____。 「……あっ…………兄様__申し訳ございません。今すぐに盥と白布を持ってきますゆえ……暫しの間、お待ち下さいませ……っ……」 ようやく、少しばかり冷静になった大和は自分の愚かな行為のせいで久方ぶりに会えた兄であり今はお客様でもある兄の額から血が流れてしまっているという重大な事に気付いて顔面蒼白となってしまった。 大事な客でもある兄の顔をあろう事か傷付けてしまったのだ。きっと、先輩花魁も廓の女将や主人も烈火の如く怒り狂うに違いないと思った大和は慌てて部屋から出て行こうと立ち上がる。 お湯の張られた盥と清潔な布を用意するためだ__。本来であれば、花魁の付き人である禿が用意してくれるのだが、大和はどうしても己が用意しなければいけないような気がして慌てて部屋の襖を開けようと手をかけた。 ちょうどその時___、 「おい、智子(ちこ)よ___いったい、いつまで大帝である我子を待たせるつもりであるか!?」 「わ……っ…………!!?」 同じように外側からも襖が開けられたせいで、どんっ__と勢いよく何者かとぶつかってしまい大和は冷たい床に尻餅をついてしまうのだった。

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