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◇ 22話 ◇

* * * それから、数日後の夜のことだ。 「船は全焼……更に、船の警備をしていた者達は――皆、命を落とした。あの夜、船着き場の周辺にて火を取り扱っていた店はなかった。つまり、何者かによる放火が原因だと思われる」 郭の庭に植えられている菩提樹の真下で、ぽっかりと夜空に浮かぶ三日月の光に照らされながら大和は幼い頃から常々似ていないと思っていた兄の横顔へ目線をやりつつ口を開く。 「兄さんの主人であられる髏心后帝の尊の……体調は如何なのですか?この郭の一室で休息されていると伺ったのですが……」 ふと、先ほどからずっと気にかかっていた質問を口に出した途端に穏やかな顔で月を眺めていた兄の顔が悲しげで、それでいて怒りを込めたものに歪んだため大和は初めて兄に対して恐怖を感じてしまう。 「髏心后帝の帝の体調はさほど問題はないだろう。医師もそのように言っていたからな。だが、心配なのは――むしろ、あの御方の精神面にある。」 「……精神面――とは?」 大和が訝しげな表情を浮かべながら尋ねると、今までじろりと蛇のように鋭く睨み付けるようにして眺めていた兄の目線が、ふっと下へと降りていった。 そして、菩提樹から落ちたであろう枝を手にするとおもむろに土に何か図のようなものを書き始めていく。 「俺の仕える国の王は亞心大帝の尊。そして、その息子である髏心后帝の尊。現王の妻であった王妃は既にこの世におらず、更には子を為すためにはべらかしている愛人らもいない。その上、子は髑心后帝の尊ただ一人ときた。現王を失脚させるために利用するのにうってつけな存在なのが髏心后帝の尊だ。いずれ後継者となる彼の命を奪い、尚且つ現王をわざと生かした状態で失脚させれば、まんまと王の座につけるという邪な思いを抱く者の多いこと――。」 と、そこで兄は一度言葉をきった。 息継ぎのためなのか、それとも怒りや悲しみのせいかは大和には察せられない。 「窮地にたった亞心大帝の尊は、ある命を出した。息子である髏心后帝の尊を新たな妻とし、更に後継者である子を授かればいいのだと。そうすれば、少なくとも髏心后帝の尊の命は邪な者から狙われることはない――と。そういう理由で、婬戯を学ぶために俺は彼に付き従い此処に来たのだが……髏心后帝の尊は愚かなことに、想い人である警護人を連れてきていたのだ。しかも、誰にも告げることなくだ。そして、其奴は……船の火災で命を落とした。まったく、愚かで哀れな方だ」 弟である己に向けたことなど一度もない、兄の冷酷な言葉と呆れと僅かな怒りを含んだ笑みを見て、大和はかつて同じ家で過ごしてきた優しい兄の面影を一時にして見失ってしまった。 「そのように冷たい言葉をおっしゃるのは何故でございますか?髏心后帝の尊は、単に想い人と幸せになりたかっただけの筈。それに、事情はあるとはいえども……やはり、血の繋がりがある父と子が強引に婚姻し、更に子を成そうとするのは……」 「……異様なことだと思うだろう。だが、俺が公務しているのは――そういう掟が許される異国であり、更に髏心后帝の尊はその異国の唯一の後継者である国の未来を守る者だ。残酷だが、その宿命は覆せない……故に、俺はあの方を哀れだと言ったのだ。だが、亞心大帝の尊は――悪い御方では決して____」 「もう、そのような話……聞きたくなどございません。それに、そんな酷い言葉を申す兄さんも……見たくなんてない……っ……」 元はといえば、異国の王子である髏心后帝の尊の話をしていたにも関わらず、自分のことのように思えてしまい、うんと幼い童子のように声を荒げた。 あろうことか、その直後にあれだけ再会したいと願っていた兄の前から駆け出してしまい大和は一度も振り向くことなく郭へと戻って行くのだった。 「俺とて……本来ならば、このような残酷なことは言いたくなどないさ。それに、俺はお前が言うほど……優しい兄などではないんだ――大和」 菩提樹の真下に取り残された兄は、一人――夜空に瞬く星を見上げながら寂しげに呟くのだった。

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