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 籍は入れたものの、実際香子と同居することはなかった。妊婦の香子が嫌がったのだ。  つわりが酷いとか実家で安静にしなければいけないとか言い、広務のアパートで暮らそうとはしなかった。子供が生まれたら生まれたで、産後の肥立ちがどうこう言いながらずっと実家にいたままだった。  広務は通い婚を余儀なくされ、毎日のように香子と息子の瑛太に会いに香子の家に通った。  瑛太というのは香子のお気に入りの俳優からとった名前で、香子の好きなようにつけられた。  生まれて間もない瑛太に触れると、広務にも愛情らしき感情が芽生える。小さな人の無垢な瞳は広務をちゃんと映していた。  小さな手で指を握られた時、ここまでの道程を振り返った。  自分は香子のことを恋愛対象として好きと思ったことなど一度もなかった。それどころか男友達のふとした仕草に胸がときめく自分がいる。  自分の内側の違和感は破裂寸前まで膨らんでいた。  これから一生この子に対して嘘をつき続ける自信がない。自分に対しては騙し通せても、この純粋な瞳の人に対しては無理だ。 「離婚して欲しい。俺、多分、男が好きなんだと思う」  香子は半狂乱で広務を詰った。でも後悔は全くなかった。ゲイだということは香子の両親にも広務の両親にもバレた。香子の親は激昂し、広務の親は二度目の土下座を繰り返した。  それでもこれ以上嘘を重ねることは出来ない。瑛太の前で嘘の夫婦関係を続けるくらいなら、父親は死んだとでも言ってくれればいいと思った。 「お前、女子達に『クズ』って呼ばれるらしいぜ」  離婚後しばらくして、同情混じりに男友達が教えてくれた。その頃広務の草食ぶりは男友達にはすっかり認知されていて、裏で同情する声も上がっていたのだ。  逆に女子達は香子の味方で、広務の苗字からとった『クズ』というあだ名が彼女達の間に浸透していた。  しかし香子は広務がゲイだということを誰にも漏らさなかった。  てっきり話を盛ってでも自分を悲劇のヒロインに仕立て上げるだろうと思っていたのだが、さすがに彼氏が同性愛者だというのは香子のプライドにも関わる事実だったらしい。  

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