8 / 93
1/8
待ち合わせのカフェに香子は一人で来ていた。カフェのオリジナルブレンドが淹れられたカップ片手に、広務は香子の向かいに座った。香子は頬杖をついてどこか浮かない様子だ。
「何かあった?」
挨拶もそこそこに広務は尋ねた。窓の外に視線をやりながら香子はひとくちコーヒーを飲むと、姿勢を正し広務に向き直った。
「あのねえ、私、妊娠したの」
「えっ!それは──、おめでとう」
少し戸惑ったのは、その妊娠が香子が望んだものなのかわからなかったからだ。
「うん。ありがとう」
しかし香子の笑顔を見て、今回の妊娠は夫婦が望んだ結果のものだと確信した。じゃあ今日呼び出されたのはその報告だったのか。
瑛太に弟か妹が出来る。わざわざ元夫に報告してくるなんて意外と香子も律儀なところがあるもんだ。
そんなことを考えながらすっかり油断しきっていた広務は、香子の口から飛び出した台詞に飲んでいたものを吹き出しそうになった。
「葛岡くんさあ、実は瑛太が葛岡くんと暮らしたいって言ってるんだけど、もちろんいいよね?」
「は?」
広務は自分の耳を疑った。瑛太が自分と住みたいと言っている?
「え、瑛太は再婚に反対なの?」
「そんなことはないと思うんだけど──」
いつも広務に対してはズバズバ話す香子なのに、どうも妙に歯切れが悪かった。
「それが、転勤になっちゃって」
「旦那さんが?どこに?」
「大阪。それで瑛太に言われちゃったの。転校したくない、転校するくらいなら死ぬー!って」
死ぬとはまた、不穏な言葉が飛び出したものだ。驚く広務とは反対に香子はいたって平然としている。
「し、死ぬって……」
「ああ、口癖なの。最近、しぬ~とかぶっコロす!とかすーぐ簡単に言うの。ほんと男子っておばかさんだよね」
「ああ、そう……」
そういえば自分が瑛太くらいの年頃の時もそんな感じだったような気がする。男子小学生の高学年なんてちょうどイキりたがる年頃だ。
ともだちにシェアしよう!