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 悔しさで声が喉の奥にこもる。  振り返ってみれば、今まで順風満帆の社会人生活だった。とんとん拍子に一課に在籍するようになったのは、部長である菊池の助力も大きかったように思う。  菊池との出会いは入社試験での面接の時だった。その頃菊池は一課の課長で、まだ三十数歳だったはずだ。  菊池は株式会社ロクカク創始者の血縁者で、「コネで部長にまでなった」などと自ら冗談めかしてよく言うが、その細やかな仕事ぶりを目の当たりすれば、皆が認める実力を持つ男だ。  入社後初めて菊池と口をきく機会を得た際、広務はこう言われた。 「うちに入ってくれてありがとう。君とぜひ一緒に仕事してみたいと思ったんだ」  そう言われ、菊池が面接時に長テーブルの一番末席にいたのを思い出した。そして彼が自分をこの会社に拾い上げてくれたのではないかと思った。  ただ広務の何が菊池をそう思わせたのかはわからなかったが、菊池の期待を裏切らないよう、それだけは胸に留め頑張ってきたのだ。  その菊池から遠回しな肩たたきを受け、広務は今にも泣き出しそうになる。 「ちょっと、出ようか」  菊池は広務を喫煙所に誘った。  広務自身は喫煙しないが、菊池は愛煙家だ。菊池がポケットから電子タバコを取り出す様子を見て、電子タバコも決められた空間で吸わなきゃいけないんだなと今さらなことをぼんやり思った。 「俺、二課に異動しても営業できます……。ちゃんと外回りできます……!家のことで迷惑はかけませんから……」  菊池の手元を見つめながら、本当にできるだろうかと、内心自問自答した。  幼子を持つ母親達が仕事量を制限するのは、絶対会社に迷惑をかけないと言い切れないからだろう。  もし子供が突然発熱したら、もし突然流行病にかかったら──、その子を置いて出社できるものだろうか。

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