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「わっ──!すみません!」
椎名の手がすっと離れ、広務もやっと体勢を整えることができた。
「こちらこそ……、変な声だして申し訳ない……」
三十路目前の男の痴態なんて、ノンケの椎名からしたら見たいものではないだろう。それほどに広務がこぼした声は、自分でもわかるくらい艶を帯びていた。
そう、椎名の指に感じてしまったのだから。
「いえ……。それより葛岡さん、何かあったんですか?」
椎名は純粋に心配しているようだった。新入社員でもあるまいに、泣き顔をさらしてしまいいてもたってもいられない気分だ。
「や、本当に何でもないんだ。忘れてほしい」
「そうですか」
何か言いたげではあったが、広務の頼むとおり椎名は深く追求してはこなかった。
「じゃ……」
元来タバコの煙が苦手な広務は喫煙所を出た。きっと椎名はタバコを吸いに来たのだと思ったからだ。しかしなぜか椎名は、広務の後をぴたりとついてくる。
「椎名くん、タバコ吸いに来たんじゃないの?」
「いえ、そこの自販機に来たら葛岡さんがうずくまってるのが見えたので」
喫煙所は透明なガラスで仕切られた小部屋になっている。そしてその部屋を出てすぐのところに飲料の自動販売機が設置されているのだった。
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