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「ちょっと深山くん。ヒロくんのこと口説いちゃだめじゃないの~。うちは店員がお客様に手を出すのは禁止なの!」  妙な空気を打ち破ったのはオーナーだった。いつもなら据え膳食わぬはなんとやらが信条の広務なのだが、今夜に限っては邪魔が入って少しほっとした。 「冗談だよ。ね、深山くん」 「そうですね。僕、この店、気に入ってるんでまだクビにはなりたくないですしね」  さっきまでのミステリアスな深山はすでになく、いつもの接客のプロの顔に戻っている。広務の隣に腰かけたオーナーの藤川へ、深山はウイスキーの入ったグラスを差し出した。 「久しぶりに藤川さんと飲めて嬉しいな」 「なあに、ヒロくん。嬉しいこと言ってくれちゃって」 「実はしばらくここにも来られなくなるかもしれないんだ」  この店は広務にとってオアシスみたいな場所だ。会社や友人達にも隠している本当の自分を受けいれてくれる場所。  しかし瑛太と暮らすようになれば、今みたいに足繁く通うことは不可能だろう。 「あら?お仕事忙しくなるの?」 「いや……。息子を引き取ることになって」  藤川には長いつきあいの中で、色んなことをうち明けてあった。広務にとって藤川は、血の繋がらない兄のようでもあり、人生の良き相談相手なのだ。  隣をうかがい見ると、藤川は目を見開いて広務を見ていた。あまりにも素直に驚かれて、つい苦笑を漏らす。 「おかしいよね。今さら親になるなんて」 「いやあ……。そんなことはないけどさ──」 「藤川さん、しゃべり方が男に戻ってるよ」  広務がツッコむと、藤川はうっかりというふうに、手のひらで口元をおさえた。そしてどこか遠くを見つめる様に視線を投げると、感慨深げに言葉を紡いだ。 「ふうん、ヒロくんがパパにねえ……。いいんじゃない?」 「そうかな?」  正直、瑛太を引き取ることに不安がないわけではない。ほんの少しの後悔を感じつつ、それでも引き取ることに決めたのは、正真正銘の我が子への懺悔の気持ちからだった。

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