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三月最後の土曜日、瑛太 の通う小学校の学区にあるマンションに、広務は居を移すことになった。
急な引っ越しだったため、親子二人が住むのにちょうどよいマンションが見つかるか微妙なところだと思っていたが、転勤族の夫を持つ夫婦がちょうど三月末に退去するという物件が見つかった。部屋が空くとすぐに、急いでハウスクリーニングを施してもらい、慌ただしい引っ越しをすることとなった。
「瑛太くんをよろしくお願いします」
「あ、はい」
香子の現夫が瑛太の荷物を運んできた。その際に深々と頭を下げられ、どっちが本当の親かわからないような挨拶をされてしまった。
いや、広務の方は親なんて名のるのもおこがましい程度の関わり合いしかしてこなかったのだから仕方ない。
「本当は一緒に大阪に連れて行きたかったんですけど、残念です」
瑛太の新しい父親は、すでにしっかりとした父親としての自覚が芽生えているようで、こちらとしては申し訳ない気持ちになる。身重の香子は引っ越し作業が済み次第、瑛太を連れてくる予定だ。
瑛太の荷物は彼に任せ、広務はリビングやキッチンを人の住める部屋にする作業に専念した。四階建てマンションの三階角部屋、3LDKのこの部屋で広務は新しい家族を迎えることになる。
もう一生、家族などと呼べる存在が自分にできるなどとは思っていなかった。離婚の際に実の両親兄弟とも疎遠になってしまい、一生ひとりぼっちで生きていくもんだと思っていた。
孤独死だけは避けたかったので、老後の施設に入る費用だけは必死に貯めようと思っていた。今のところ養育費を払っているため、自分の老後の蓄えはそれほど貯まってはいないのだが。
しかし先日香子は瑛太名義の通帳を広務に渡した。全く手つかずの養育費は、それなりの金額になっていた。
「葛岡さん、こっち手伝いましょうか」
振り返れば、香子の旦那が潰したダンボールをまとめている。多分三十半ば、黒縁の眼鏡が実際の歳より若く見せている。
笑うと可愛くなるところがタイプだな、と思った。こんな時にアレだけど、香子と自分は男のタイプが似ているらしい。
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