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翌朝目覚めると、隣の寝具で瑛太はすやすや健やかな寝息をたてていた。お行儀良く肩まで掛け布団をかけ、昨夜広務を悩ませたいびきもおさまっている。
しかしなぜか敷き布団の上で百八十度回転したらしく、広務の頭の真横に瑛太の両足の爪先がちょこんとのぞいていた。
そういや、こんな妖怪いたような。妖怪枕返しとかなんとか。昨日からの瑛太の行動(奇行?)に少しずつ免疫がついてきた広務は、寝ている瑛太をそのままにして朝食の用意をすることにした。
時計を見ればもう朝の八時を少しまわっている。社会人になってから、広務はできるだけ毎日同じ時間に起きるようにしている。しかし昨日の疲れからか、今朝はいつもより一時間起床が遅くなってしまった。
昨夜寝た和室から続きのリビングダイニングに置いた、正方形のローテーブルに皿を並べる。数年前ちょっと奮発して買ったデザイナー家具で、使えば使うほど木の手触りが馴染んでいくところが気に入っていた。
カチャカチャと食器が鳴る音に夢から目覚めたようで、瑛太が布団から抜け出してきた。
「……なんじ……?」
昨日のご機嫌ぶりが打って変わって、寝起きはすこぶる機嫌が悪い。
「八時十分すぎたとこだよ」
まだ部屋に時計を設置しておらず、広務はスマートフォンを確認して教えてやった。
「なんで起こしてくれないんだよ!」
スイッチが入ったかのように、瑛太はかっと覚醒し、広務に『グーパンチ』をお見舞いしてきた。
「いたっ」
子供といえど十歳児。グーで二の腕を殴られると、百パーセントの力でなくてもなかなかに痛い。瑛太の理不尽な怒りに呆気《あっけ》にとられ、広務は叱ることはおろか、言葉を発することすらできなかった。
「日曜は七時五十五分に起こしてって言っただろ!」
言ってねーし!初耳だし!
少しの間を置いて、広務の内にも怒りが生まれた。瑛太はバタバタとテレビのリモコンを操作している。
「ちょっ……、瑛太!」
とりあえず人にパンチをくらわしたことについて叱らなければ。そう思い声をかけたが、瑛太はすでに日曜朝の子供向け番組に夢中だった。
「瑛太、人を叩いたらダメだろ!」
挫けずテレビに向かっている瑛太を叱ってみた。しかし瑛太はちらともこちらを向かず、視線は画面にくぎ付けだ。
「ちょっと今テレビ見てるから。静かにして」
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