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本当に椎名は広務のマンションの近くまで来ていたらしく、通話終了後一分もせずに部屋のインターフォンが鳴った。
「もしもーし!」
広務より先に瑛太が元気いっぱい応答する。椎名はお前の友達か!、と広務は内心呆れつつツッコんだ。
「お、ほんとに元気になったんだ」
先陣を切り迎えに玄関まで来た瑛太を見て、椎名は安堵の笑みを浮かべた。
本日の営業報告を軽く済ませ、椎名は瑛太の相手をし始めた。ほんの半時間ほどで、瑛太と椎名はすっかり仲良くなってしまった。さすが長男歴が長いだけ会って、椎名は男児を相手するのがとても上手い。自分と同じ目線で同調してくれる椎名のことを、瑛太はとても好きになったようだ。
まるで年の離れた兄弟のように椎名と瑛太は本気でゲームの対戦をする。広務はゲーム自体が苦手で、たまに瑛太と対戦してはいつもこてんぱんにやられていた。やはりそれなりに強い相手とやるのは楽しいようだ。明日は休日であるため、広務も「何時までやってるんだ」などと口うるさく言わないことにした。
久々に広務は文庫本を開いた。椎名と瑛太がワアワア言っている声をなんとなく聞きながらも、いつの間にかページはどんどんと進んでいく。こんなにくつろいだ気分になるのは本当に久々だった。
どれくらいの時間読み耽っていたのだろう。気がつくと室内はテレビの音が小さく流れているだけだった。
「瑛太?」
声をかけると、椎名が人差し指を唇に当て振り返った。
「寝ちゃいました」
「え、ほんと?」
確かに瑛太はソファーの上で体を小さく折り曲げ、小さな寝息をたてている。時計の針は夜の九時をさしている。いつもは十時近くまでぐずぐすと起きているのに、よほど楽しかったのだろうか。瑛太は疲れて寝落ちしてしまったようだ。
「椎名くん、今日はありがとう」
瑛太を横抱きで寝室まで運んでくれた椎名に、広務は素直に頭を下げた。子供の相手をしてくれる大人が、自分の他にもう一人いるというだけで、ほんの僅かだが自分のために時間が使えた。いつもなら瑛太の話に返事をしながら、家事をバタバタと片付けている頃だ。
「いいんですよ。葛岡さんもたまには休まなきゃ」
後ろ手で瑛太の部屋のドアをそっと閉め、椎名は優しく瑛太を見下ろす。父親として半人前の広務だが、それでも精いっぱいの努力を、椎名が労ってくれたように感じた。
「葛岡さんは恋人っていないんですか?」
「恋人?」
「ええ。金曜日の夜に会いに行く人とか」
興味本位か世間話の一端なのか、質問の本質はわからなかったが、広務は正直に「いない」と答えた。
「そうですか。実は俺もいないんです」
「へえ……?」
「だから、何か困った時はいつでも遠慮せず、俺のこと、呼んでくださいね」
椎名はにっこりと微笑み、広務へスマートフォンを差し出した。それは最新の機種であり、社用ではなく、椎名のプライベートのものだとわかる。
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