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「葛岡さん、ハグしましょう!」
広務より少し大きい椎名の手に、グッと肩を掴まれた。
「や、やだよ!」
「しっ……!瑛太くん、起きちゃうから……」
肩を揺らし椎名から距離を取ろうとするが、椎名の手は肩から離れない。布越しに椎名の体温がじわりと伝わってくる。
手が温かい人間は心が冷たい、なんて都市伝説にも及ばない噂が小学生のころ流行ったけれど、椎名は手の体温も高ければ、心の体温も高い。いや、暑苦しい。
「うちの父親って転勤族で、」
広務の目線に合わせるように、椎名が少し身をかがめた。至近距離で見つめてくる瞳は、馬鹿みたいにキラキラだ。
「俺が中学に入った頃から父親、単身赴任するようになったんです。だから俺ら兄弟、母親ひとりに育てられたようなもんで──。うちの母ちゃん、パートもしてて、ママさんバレーやバトミントンサークルとか積極的に参加するようなパワフルな人なんですけど」
広務の頭の中に、めちゃくちゃ元気な中年女性の姿が浮かんだ。それは中学生のころ仲の良かった友達の母親の姿。すごく気さくで面白いおばさんで、その頃の広務は「こんなおばさんがうちの母親だったら──」などと、思ってはいけないことを思うこともあった。
広務の父親は古くさい考えをする男で、女はひとりで家庭を守るものだと信じて疑わない人だった。母親は自分の意見も言わず、ただ大人しく家のことをしていた。そして広務はそんな自分の家が苦手だった。
正反対なのだ。広務と椎名の性格は正反対すぎて、眩しい。
仕事も家のことも趣味も、全ておおらかに楽しんで熟す母親に育てられた子供は、こんなに眩しく育つのだろうか。
「そんなうちの母親でも、たまに『つらい』ってこぼすんです」
「え?」
「子育てとか家事とか。父親が家にいなくて、全部ひとりでやるのはつらいししんどい、って。そういう時、うちの母ちゃん、ハグしたがるんです。ぎゅーーーーって。俺ら成長期で母ちゃんよりデカくなってても、部活帰りですごく汗臭くても、『ハグさせて』って。ちっちゃい頃とおんなじように」
そう言うと、椎名は自分の腕で広務を包んだ。
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