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自宅の玄関を、なるべく音をたてないようそっと開けた。
「ただいま……。椎名くん……?」
リビングへと続く廊下はしんと静まりかえっている。廊下の左右には、瑛太の部屋と広務の寝室が分かれて配置されている。広務は瑛太の部屋のドアをゆっくりと開いた。
「瑛太?えいたん?」
名前を呼ぶが、瑛太はくうくう寝息をたて目覚める様子はない。起きている時は、この世にこれ以上くそ生意気なガキンチョはいない!と腹のたつことも多いけれど、無垢な寝顔は天使のように清らかだ。その可愛さといったら、赤ん坊の頃のまま。
広務は人差し指で瑛太の頬をつついた。起こしてはいけないと思うけど、ぷにぷにのほっぺの誘惑には逆らえない。
「瑛太~……、えいた~ん……」
端から見たら頭がおかしいおっさんに見えるかもしれないけれど、子供の寝顔というものは可愛さのビッグバンだ。萌える心を抑えきれなくなってしまう。
「うう~~~~ん……」
ぷにぷにぷにぷに、ほっぺをつつき続けていると、さすがに瑛太はうなり声を上げた。眉間に深い皺を寄せ、寝返りをうつ。その際瑛太の右手が、遠心力を持ったムチの如く広務の頬を打った。
「いっつ…………!」
広務は打たれた頬を押さえて悶え苦しんだ。
今日病院で、瑛太の体重を量った。瑛太は小五の平均的な体型をしており、体重は三十四キロあった。三十四キロの全力ビンタ、一応無意識。しかし無意識といえども、クリティカルヒットすればものすごく痛い。
「天罰か……」
すやすや眠るよい子の睡眠を妨げる行いに、神さまから「そこらへんにしとけや!」と忠告されたみたいだ。
「おやすみなさい……」
眠る天使(寝ている時限定)のおでこにこっそりキスを落とし、広務はリビングへと向かった。
「椎名くん?」
テレビ台の脇にある間接照明だけが灯されており、椎名の姿はない。もしかして──、と広務は自室のドアを薄く開いた。
いた。「ベッドを使っていい」と言った広務の言葉を真に受けて、椎名は広務のベッドで寝息をたてている。部屋の入り口に背を向けるように、壁へ向いて横たわっていた。
最近の若者には社交辞令が通じないのかもしれない。いや、本当にベッドを使ってもらってよかったのだけど、言われた通りに他人のベッドを使う人間を初めて見たかもしれない。
椎名を起こさないよう、広務はルームウェアを持って風呂場へと向かった。
ざっとシャワーを浴び、髪を乾かし歯を磨いても、その間椎名は全く起きてこなかった。他人の家で熟睡できる肝の太さに、ちょっと呆れる。
ワイシャツ姿で眠る椎名がどうにも窮屈そうに見え、広務は彼を起こすことにした。
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