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「椎名くん、しーなくーん」  ユサユサ揺さぶると、椎名は小さく呻きながら体ごと振り返った。しかし目は開いておらず、まだしっかり夢の中にいるようだ。 「椎名くん、ただいま。どうする?このまま寝る?帰る?」 「んぅ……、葛岡さん……?」 「うん。遅くなってごめん。このまま寝ると服が皺になるから──」  泊まっていくならば寝間着代わりのスウェットくらい貸してもいい。せめてスーツのズボンくらいは着替えさせなければ。  広務はスウェットを取りに行こうと椎名から視線を外した。その瞬間、グイッと手首を掴まれた。 「えっ──、んぐッ!?」  椎名は広務を引き寄せ、後頭部に片手を回した。そしてぐっと唇を押しつけてきた。 「んむっ?ん?んぅっ?」  突然のことに広務は目を白黒させた。  なぜ──?どうして──?今、自分は椎名にキスされている。  寝ぼけているからきっと彼女と間違われたんだ、そうに違いない。  広務は渾身の力で体を仰け反らせた、が、椎名の腕にがっちりホールドされてしまって抜け出せない。寝ている椎名にのしかかる形のまま、広務は椎名を起こそうと躍起になった。 「椎名……!椎名くん……!起きろ……!」  自由のきく手で椎名の頬をぺちぺち叩いた。しかし騒いで、寝ている瑛太を起こしたくなかったので、小声で何度も椎名を呼んだ。 「ん……、葛岡さん……。……夢か……」  椎名はとろんとろんに眠そうな薄目で広務を見上げ、ふにゃっと笑った。 「んー……、いい夢……」  夢じゃない!と否定しようとする口を、再び椎名の唇がふさぐ。一度目は誰かと間違われたと思ったが、二度目もとなるともしや椎名に好意を寄せられているのかと思った。 「ん、んー……」  寝ぼけているくせに、椎名は角度を変え広務の唇を貪ってくる。上唇をきつく吸われ、下唇を甘噛みされ──、ぼうっと、のぼせたような感覚に全身が蕩けてしまう。  熱い舌が侵入してくる頃には、広務は全身の力が抜け、椎名に身を預けきっていた。 「んぅ……」  鼻にかかった甘い吐息が漏れる。椎名の舌技は巧みで、本当に寝ぼけているのかと疑いたくなるほどだ。いつの間にか横向きに抱かれ、椎名が僅かに体重をかけてきた。 「し……なっ、椎名くんっ……」  これはヤバい、と広務は椎名を揺さぶった。向かいの部屋では我が子がすやすや眠っているというのに、同じ屋根の下で淫蕩に耽る度胸など広務は持ち合わせていない。  しかし下半身に感じる椎名の剛直に、広務も引きずられるように昂ぶっていた。布越しでも熱くて硬いのがわかる。 「はぁっ……、あぁっ……」  ごりごりと椎名が熱を押しつけてくる。お互いの硬直が押し合う感覚に、脳髄から溶けてしまいそう。禁欲中と言っても過言ではない毎日の広務には、その刺激だけで達してしまいそうだ。 「やぁ……、やめ、やめ……」  これ以上はさすがにマズい、本気でマズい。そう思えど、体は快感に正直で、広務は椎名の背を両手ですがるように掴んだ。 「はあっ、はあっ……!し……な……!椎名くんっ……!ほんと!だめだってぇ……!」  イく、と思った瞬間だった。パチリと椎名の両の目が開いた。 「はぇっ……?く……ずおか、さん……?」  キッツキツに広務を抱いていた腕の力が緩んでいく。椎名は二度、三度と目を瞬かせた。 「なんで、葛岡さんが……?あれ……?ここ、うちじゃない……」 「そりゃあ、ここ、俺んちだから。椎名くん、留守番引き受けてくれたじゃん……」  そう教えると、椎名はやっと思い出したようで、「はっ!」と漫画みたいに叫んで息をのんだ。どうやら寝ている間に、広務の部屋ではなく、椎名の自宅で眠っているつもりになってしまっていたらしい。

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