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「すみません!俺……、失敗した……」 「失敗……」  広務とキスしたことは、椎名にとって「失敗」なのか。そりゃそうだよな、とも思う。うなだれる様子からして、きっと椎名はゲイではない。椎名がおひさまみたいに明るく真っ直ぐなのは、広務みたいな後ろめたい薄暗さを持つ人間とは本質から違うからだろう。  でもだからって、「失敗」と言われるのはつらかった。広務は泣きたい気持ちをぐっと抑えた。最近妙に涙もろいのは、喜怒哀楽の激しい瑛太の影響かもしれない。 「葛岡さん、すいませんでした!……失礼します!」  椎名はベッドの上で勢いよく頭を下げると、さっさと身支度して去って行った。広務に言葉ひとつこぼす隙を与えないで。  椎名が出て行った玄関のシューズボックスの上に、藤川からもらった紙袋が置いてあった。帰宅した際そこへ置いたままになっている。紙袋から瓶を取り出し見ると、はちみつ漬けのナッツは琥珀色の中でもったり揺れた。  椎名にも食べさせてみたかった。きっと「おいしい」と感激して笑うだろう。  でもあの慌てようから見て、もう二度とここには来ないかもしれない。そう思ったら心がキュッと寂しくなった。  他人に親切にされることに慣れていないから、たまたま優しくしてくれた椎名にこんな気持ちになってしまうのだろうか。 「甘えちゃだめだな……。勘違いしちゃ、だめだ」  広務は声にして自分に言い聞かせた。  香子と瑛太を捨てた時から、自分はひとりで生きると決めたのだから。  改めて言葉にすると、それははちみつのようにもったりと広務にまとわりつくようだった。  まとわりついて、広務を雁字搦めにしていく──。

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