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最近の若者はやはり、スルー力 に長けている。
あんな出来事があったのに、週明け、椎名の態度は以前と全く変わらなかった。ぶんぶんと見えないしっぽを振りまくり広務の後をついてくる。「葛岡さん、葛岡さん」と屈託のない笑顔で広務の名前を連呼する。
空気が読めない、図々しい、全て丸めて表現すると「脳天気な馬鹿」とでも言えばいいのだろうか。椎名は親愛の情を全身でぶつけてくる。が──。
『失敗した』
その言葉は広務の胸に小さな棘として刺さり続けている。
だまされてはいけない。勘違いしてはいけない。椎名と自分は違う人種。
ほんの五歳程度の差ではあるが、最近の若者というのはこんな感じなのだろうと、広務は自分を納得させた。心を開いた人間に対しては、きっとこれくらい距離感が近くなるのが普通なのだろう。
それに椎名は空気が読めないのとはちょっと違う。外回りに連れて行けば、TPOに合ったしゃべり方やビジネスマナーはちゃんと身につけているし、押すところは押すが退くところは退くという駆け引きもちゃんとできる。
だから広務は「最近の若者はこんなもの」というおおざっぱな見解で色んなことを納得させた。
しかしあの日から、椎名に瑛太を預けて出かけることは一切していない。そもそもが会社の後輩に子守 させるのが間違いだったのだ。
両親とはほぼ絶縁状態で瑛太のことを頼ることは出来ないが、香子の兄夫婦とは蜘蛛の糸程度の細い交流がある。
香子の兄は広務のことを憎く思っているようなのだが、瑛太のことは可愛がってくれている。瑛太は香子の兄にとって憎い男の息子であると同時に、可愛い妹の息子だ。緊急の時にはいつでも瑛太をあずかると言ってくれている。
災害時のための「児童引き取りカード」には、広務の他に香子の兄と兄嫁の名前を書かせてもらった。地震など災害で下校に危険が伴う際、保護者が学校まで生徒を引き取りに行かなければならない。
保護者の他に祖父母や親戚、近所の知人なども、カードに登録してあれば引き取りに行くのが可能になる。電車が動かず広務が迎えに行けない場合を考え、香子が兄夫婦に頼んでいてくれたのだ。
香子の兄夫婦は、広務と関わる気はさらさらなくとも瑛太の様子は気になるようで、五月の運動会には夫婦そろって瑛太の応援に来てくれた。
その日広務は、「児童一人につき、一学年で一回学校のお手伝いを」というPTAの取り決めで、運動会の運営手伝い係になっていた。
運動会のような大がかりなイベントでは力仕事なども多数あり、父親の手伝いはとても重宝されるらしい。広務は競技の準備が割り振られており忙しくなりそうだった。
それに加え、香子から「瑛太の出番を動画に撮って送ってほしい」という注文もあり、うっかり椎名との会話で「大変だ」とこぼしてしまった。親切わんこはシッポを振り振り、「俺が撮影します!」と瑛太の動画撮影を買って出てくれた。
いつの間に友情を築いたのか、瑛太も椎名に会いたそうにしていたので、つい椎名の申し出をありがたく受け取った。また会社とプライベートの境界線を曖昧にしてしまった、と思うには思ったのだが、大勢の児童と保護者が集まる健全な運動会というイベントで、あの夜のような間違いが起こるはずもないと気持ちが緩んでしまったのかもしれない。
たまたま椎名と動画チェックをしていたところを、香子の兄嫁に見られてしまったのだ。香子の兄はもちろん兄嫁も、広務と香子の離婚理由を知っている。
「子供の前でいちゃついて……」
挨拶を交わしすれ違った時、小声でそうつぶやかれた。小さな呟きには、大きな嫌悪が滲んでいた。
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