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「あれ、あっちゃん達帰っちゃった……?」
昼休憩時、広務の元へ駆けよってきた瑛太はなんとも形容しがたい、強いて言えば「肩すかしを食らった」ような表情を見せた。『あっちゃん達』というのは香子の兄夫婦のことで、去年までは毎年香子と祖父母、たまに瑛太の叔父夫婦を交えて昼食を摂っていたらしい。
「今年は椎名くんも一緒だから!椎名くん、迷惑じゃなかったら一緒にお昼食べてってよ」
また椎名をいいように使ってしまったと内心で猛省した。しかし妙に瑛太が寂しげに映ってしまい、広務は椎名を昼食に誘った。
「いいんですか?ぜひ!」
広務の葛藤など露ほども知らず、椎名は純粋な厚意だと受け取ったようだ。しかし広務が早朝の場所取り合戦に敗北した結果、レジャーシートを広げることの出来た場所は、校舎裏のじめっとした日陰だった。
「運動場から遠くてごめんね。お父さん、もっと早く行くべきだった」
朝六時半に自宅を出発した広務だったが、気合いの入った父兄は早朝四時から校門前に列を作っていたのだ。学校から配布されたプリントには「開門は六時半です」と書かれていたため、広務はすっかり油断していた。
広務が場所取りのため学校に到着した六時半過ぎには、校門前には長蛇の列が出来ていた。先頭から順番に校内に入るよう指示され、広務の番となる頃には、グラウンド周りは隙間なく色とりどりのレジャーシートで埋め尽くされていたのだ。
「いや、今日は直射日光がきついから、影のある場所が正解ですよ」
椎名がナイスフォローを入れてくれたが、瑛太は「ふうん」と興味なさそうな顔をしている。広務の不甲斐なさにがっかりしているのだろうか。申し訳ない気持ちを感じつつ、弁当の入ったクーラーボックスを開けた瞬間だった。
「あっ!エイタンク!!」
聞き覚えのある妙なあだ名を呼ぶ声が、広務の耳に届いた。
「あーーーーっ!サツキング!」
広務が顔を上げると、先ほどまでと打って変わって、瑛太は嬉嬉とした笑顔を浮かべていた。瑛太の視線をたどれば、以前美容院で会った「小川さんちの皐月くん」が立っている。
「エイタンクそこ?俺、ここ」
広務の取った場所の隣に、大判のレジャーシート二枚がくっついて敷かれている。そのシートの隅っこに、タオルをかけ顔面を隠した男性が腹の上で両手を組んだ「御臨終ポーズ」で寝ていた。
「サツキングのパッパ!!」
「ごふぇっっっ……!」
寝ている男性が皐月の父親だとわかった途端、瑛太は皐月の父の懐に飛び込んだ。皐月の父はヒキガエルを踏み潰したようなうめき声を上げ目覚めると、顔のタオルをのけた。
「瑛太か!」
バッと起き上がり、皐月の父は「コチョコチョ」と言いながら瑛太の脇を擽る。
「ギャハハハハハハ!やめ!やめてーーーーっ!!」
大爆笑の瑛太は手足をジタバタさせた。その手足が皐月の父親にヒットする。それでも皐月の父親も大爆笑で、まるで本当の親子に見えた。
広務は瑛太とこんなふうに接したことはない。広務の父親とも、だ。
いつも父と広務の間には一枚の薄いガラス板があったように思う。近い存在だけれど、決して触れ合わない。別に理解してもらわなくてもいいし、理解しなくてもいい。よく言えばドライな──、はっきり言えば、お互いに興味のない関係だった。
目の前の皐月の父はとてもいい父親なのだろう。瑛太は広務に向けて、ここまで気の許した表情を見せたことはないように思う。
遠くの親戚より近くの他人とはよく言ったものだ。瑛太のこととなると、広務はいつも自分に劣等感を感じてしまうのだ。そして自分は父親として欠陥があるのだと見せつけられてしまう。
「とーちゃん!しーな!助けて!ぎゃへへっ!」
涙目で爆笑しながら瑛太が広務に手を伸ばした。
「とーちゃん?」
皐月の父親はやっと広務のことに気がついたようで、瑛太から手を離す。
「瑛太のお父さん?」
皐月の父は眉間に皺を寄せた。広務は慌てて頭を下げる。
「いつもお世話になってます」
「はあ。いや、てか、瑛太の父さんってもっと歳取ってたような──」
どうやら、香子の再婚相手のことを言っているようだ。瑛太の知人の間では、広務の存在など「無」なのだと痛感する。
「本当のお父さんだろ!失礼なおっさんだな!」
隣でスポーツドリンクを飲んでいた皐月が、父親の脇腹にグーパンチをお見舞いした。皐月の父親は再び踏み潰されたヒキガエルのうめき声をあげる。
「ごふぇっ……!えっ、えっ?本当のお父さん?」
「はい。今年度から瑛太を引き取ることになりまして」
目を瞠る皐月の父に向け、広務は営業スマイルで答えた。
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