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 タクシーを降り、小走りでマンションのエントランスを抜けた。エレベーターで上昇する僅かな時間ももどかしい。  ドアの開閉音が大きく響くのも気にせず勢いのままに部屋に入ると、瑛太はソファの上で膝を抱えていた。 「瑛太!」  人生で一番ドスのきいた声が出た。瑛太はビクリと肩を揺らした。 「先生から電話がきた……」  冷静に、冷静にと思うのに、広務の声は威嚇するように低くなる。瑛太は口を真一文字に結び、顔を明後日の方向に向けた。 「こっちを見なさい……、瑛太!」  『瑛太』という名前は香子がつけた。当時人気の俳優の名前から──。そんな安易な由来でつけられたとしても、広務はその名前を愛しく思っている。「瑛太、えいたん──」広務が呼べば、赤ん坊の瑛太はキャッキャッと笑ってこちらを向いた。 「瑛太──!」  なのに今、その名前を呼ぶ声は瑛太を怯えさせている。小さく震える肩、きっと涙を堪えているのだろう。  でも泣いたからといって、瑛太を許せるとは思えなかった。泣くくらいなら最初からやるな!と怒鳴ってしまいそうだ。 「瑛太!こっちを向きなさい!」  広務は瑛太の薄い肩を掴んだ。 「何で殴ったのか理由を言いなさい!」  広務の声は恫喝だった。大きな声を出すことが瑛太を怯えさせているとわかっている。わかっていてもこの怒りを抑えられそうもない。 「絶対言わない!」  広務の手を振り払い、瑛太は立ち上がった。 「俺、ケンカしたことは悪いと思うけど、でも悪いことしたわけじゃない!」 「は!?」  手を上げたのは悪いことだと理解していても、悪いことをしていないとはどういうことだ。そんな一休さんしか解けないトンチのようなことを言われてもさっぱり意味がわからない。 「あっ、瑛太──!」  一瞬あいた間のうちに瑛太はリビングから出て行った。わざとドスドスと足音をたてて怒りを表している。怒っているのは広務の方なのに。

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