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しばらく自分の部屋にいるつもりなのだろう。少し別々に過ごせば広務自身も冷静になれると思い、瑛太の後を追うことをしなかった。
それが悪かった。
「瑛太?瑛太?」
夕食用にキャベツの千切りを作り後は肉を焼くだけという際になって、広務は瑛太の部屋のドアを開けた。
部屋の中は真っ暗で、最悪なことに瑛太の姿はなかった。
空っぽの部屋を前に、広務の頭の中も空っぽになった。
「えっと、どうしよ……」
警察に電話?しかしまだ時刻は夜の七時前。進学塾に通っている小学生達なら平気で外をうろついている時間だ。でももうすぐ瑛太が毎週見ているアニメが始まってしまう──。
金曜日は毎週夕方六時から夜の八時まで三十分のアニメが連続して放送される。瑛太は夕飯を食べながらそれを見て、八時から風呂に入り九時からは二時間枠の映画番組を見るのだ。先週はホラー映画が放送された。怖がりのくせに見たがりの瑛太は一人で寝られず、広務と同じ部屋で寝た。
「瑛太……」
瑛太がいなくなったという現実がジワジワと広務を浸食する。もう二度と帰ってこなかったらどうしよう。瑛太と会えなくなったらどうしよう。今こうしている間にも、不審者が瑛太を狙っているかもしれない。事故にあっているかもしれない。
目の前から瑛太が消えて、今さらながら広務は、自分の内を占める瑛太の存在感の大きさを知った。長いこと離れていたが、それでも瑛太を愛している。僅かの期間しか共に暮らしていなくても、もうあの子のいない人生なんて考えられない。
「……義兄さんに電話」
普段ならなるたけ近寄りたくない香子の兄夫婦。だが今は彼らしか頼るべき人物を思い描けない。ほら見たことか、と罵倒されてもいい。広務は藁にも縋る思いでスマートフォンを取り出した。
「うわっ、と……」
タイミングを見計らったかのようにスマホが着信を告げる。しかし表示されているのは見覚えのない電話番号だった。
ふと閃き、広務は固定電話の脇に置いてある「緊急連絡網」のプリントを見た。
「同じだ」
それはサツキングこと、小川皐月の自宅電話番号と同じ番号からの着信だった。
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