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通行人の視線を避けるように、建物の影になっている薄暗い通路へ、誘われるままついていく。深山の冷たい唇が、広務の唇に重なった。
「ん……、んぅ……ん……」
貪られるまま、それを広務は許した。深山の舌は唇とは違って熱を持ち、するりと滑らかに広務のと絡んだ。
もしかしてこのまま最後まで許してしまうのだろうか。たいした抵抗もなく、広務は深山の行為に流されていく。
深く考えるのが億劫で、今夜の人恋しさをごまかせるなら誰でもいいと思った。
「深山くん……」
「俺の部屋、この近くなんです。よかったら──」
キスの合間に誘われて、有無を言う間もなく再び唇を貪られた。
「んっ……」
頭がぼうっとして、全てがどうでもよくなってくる。今日のこと、明日のこと、自分のこと、今夜だけ何も考えずに他人の肌の温もりに縋りたい。
広務はきゅっと強く目を瞑った。一瞬、瞼の裏に椎名の顔が浮かび弾けた。
「見つけた!」
誰かが広務の腕を引っ張った。と、共に響いたのは椎名の声。広務は反射的に腕を引っ張る人物を見た。
「し……な、くん……?」
なぜここに椎名がいるのか。広務は驚きのあまり、二の句が継げなくなった。頭の中でクエスチョンマークが浮遊する。
それに椎名の顔にも驚かされた。椎名は今まで見たことがないほどに、きつく険しい表情をしていた。
「そちら、葛岡さんの恋人ですか?」
「え?そちら……?」
椎名は広務から一ミリも視線を逸らさず、詰問した。「そちら」というのは、広務の背後にいる深山のことだろう。しかし広務は蛇に睨まれた蛙状態で、椎名から視線を外すことが出来ない。
「恋人──、じゃあないですけど?」
答えに詰まっていると、酷く軽い口調で深山が答えた。
「恋人じゃない人と、キスするんですか」
更に椎名は、深山へではなく広務に問うた。
「キスって恋人とだけしかしちゃダメなんですか?人恋しい時とか、誰でもいいから一緒にいたい、セックスしたい、って──。君、一度も思ったことないの?」
「アンタに聞いてんじゃねえよ!!」
小馬鹿にしたような態度の深山に、ついに椎名はキレたようだった。
「わお!怖いなあ!」
まるで修羅場のような状況なのに、なんだか深山は楽しんでいる。
「あの、深山くん……?」
「ふふっ。まるでナイトの登場ですね。この場合、俺は姫を拐かす悪い魔法使いかな?」
深山は広務の耳元へ唇を寄せ囁いた。
「もしナイトと上手くいかなかったら、今度こそ俺が慰めてあげますから」
「えっ……」
口元に笑みを浮かべ、深山は広務と椎名の脇をすり抜けた。狭い路地を黒猫のようなしなやかさで去って行く。広務はまるで夢の中にいるような、あまりにも現実感のなさに動揺しつつ、彼の後ろ姿を見送った。
しかし広務の腕はいまだ椎名に掴まれたままで、椎名の手のひらの熱さに灼かれる気がした。
「し、椎名くん」
「──誰でもいいんですか?」
「え?」
椎名の瞳は広務をとらえ続けていた。その瞳が暗く燃えて見えるのは気のせいだろうか。
「慰めてくれるなら、あなたは誰でもいいんですか」
「椎名……くん……?」
「じゃあ、俺が今夜、あなたのことを慰めるって言ったら。あなたは俺と寝てくれますか」
「え──」
気がつけば、椎名に齧りつくようなキスをされていた。深山とは違い、椎名はどこもかしこも熱い。
それは広務へ向ける熱量の違いかも知れず、ひょっとしたら椎名は怒っているのかもしれないと感じた。じゃなければ、こんな情熱的な愛撫にも似たキスを、ノンケでシラフの椎名がするはずない。
「んっ、し、な……、しぃ……なぁっ!」
逃げるように顔をそらせても、椎名は執拗に追ってくる。耳朶から首筋を辿るように舐められれば、広務の口からは快感の吐息が漏れた。
「あ……、はぁっ……、や、やめ……」
「誰でもいいんでしょう」
椎名は広務の腰を両手で掴み、ぐいと引き寄せる。布越しに椎名の硬直が伝わり、広務は思わず息をのんだ。
「俺でも……、いいんでしょう?」
目線を広務と同じ高さに下げ、椎名は少し眉尻を下げてみせた。まるで拗ねているような、そんな年下らしい表情に、広務はうっかりときめいた。
「え、と……」
「今夜、俺があなたを抱きます」
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