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 部屋に入るなり、椎名は広務にキスの雨を降らせた。わざとリップ音をたてて、広務の唇や頬、額、耳朶など余すことなくキスをした。 「広務さん」  甘く蕩けそうな低音で名前を囁かれると、腰が砕けそうなほどにクラクラした。広務は腕を椎名の首に回した。指で椎名の髪を梳き、小さく背伸びをして椎名の唇を受けた。  外でされた激しいキスとは違い、柔らかくゆったりと愛撫されるようなキスが降る。広務も積極的にそれを受け容れ、何度も角度を変えキスを交わした。  先にシャワーを浴びるように言われ、浴室で熱い湯を浴びる。これから本当にするんだと思うと、心臓が爆発しそうなほど高鳴った。  だって初めてなのだから。広務から好きになった相手に抱かれるのは、初めてなのだ。  セックスの相手には不自由しなかったけれど、常に割り切った関係だった。逆に本気で好きになりそうな相手とは絶対に寝なかった。  それは赦されないと思っていた。  だから完全な恋になる前に、いつも広務から疎遠になった。離れればいつの間にかその思いは浄化され、最初からなかったものと等しく風化していくからだ。  でも椎名との距離は近すぎて、広務がどう逃げても椎名は後を追ってくる。そんな状態で、どうやったら椎名を諦められるというのか──。心はどんどん椎名へ向いていくのに。  熱い湯を頭から被っていると、突然背後のドアが開き、椎名が浴室に入ってきた。 「えっ!」  完全に振り向く前に、背後から椎名に抱きすくめられた。 「広務さん……」 「ちょっ……と、あっ、ん……。そのっ……、部屋で待ってて」  項を舐られ、広務は背筋を震わせた。下半身は徐々に熱を持ち、芯が通り始める。腰にあたる椎名のそこはすでに完璧な形状で反り返っているようだ。  双丘の割れ目に熱い硬直が擦り付けられ、椎名の興奮を知る。シャワーの湯とはまた違った滑りは、椎名の先端から滲み出すもののせいだ。 「あっ、ああっ」  広務の腿の隙間に硬直をねじ込み、椎名は交接を模した動きで興奮を煽ってくる。シャワーの水温に紛れていても、広務の喘ぎは椎名の耳にも届いているはずだ。 「あっ、あぁっ、んっ……。なんで外で待ってられないんだっ……」  いつもは忠犬のくせに、こんな時に待てもできないなんて。  広務の胸の小さな粒を、椎名の指先が弄ぶ。首筋にあたる荒い息は、シャワーよりも遙かに熱い。 「だって交代で浴びたら、俺がシャワー浴びてる間に、広務さん逃げてしまいそうだったから」 「あっ!椎名っ……」  責めるように胸の突起を捻られ、広務は身を捩らせた。 「あ、あんっ……。椎名ぁっ、しいな……」  小さな点の刺激は、反響するように全身へ痺れていく。強く引っ張ったり柔く押したり、まるで広務の反応を楽しむかのような指の動き。  椎名がこんな意地悪な攻め方をするとは思いもしなかった。昼間の椎名はお日さまみたいな笑顔を広務に向けてくる。しかし今、広務の首筋に鼻先を埋め快感に堪える表情は、絶えず男の色気を放っている。  椎名の腕の中で、広務は彼に向き合った。改めて視線が絡むと、心臓が縮むような切なさに襲われる。これが恋の苦しさか、と嬉しいような泣きたいような気持ちで満ちる。  その場で広務は膝を折った。ゆっくりと、椎名の肌に唇を這わせて下降する。 「広務さん、そこは──」  椎名が慌てるのも構わず、黒い茂みへと鼻先を押しつけた。頬に椎名の熱く滾った硬直が触れる。熟れた雄の香がする。 「は、あっ……!広務さんっ……」  先端から唇で吸いつくように、椎名の昂ぶりを口内へ入れた。硬直の血管の筋さえも確かめるように、舌で舐める。長くたくましいそれは、広務の口にはおさまりきらないほどだった。  口腔で絡みつくように吸いながら、頭を前後させる。おさまらない根元の部分は、指で輪を作り刺激した。 「はっ、はっ……!そんなにされると、俺、保ちそうにないから……」  椎名が息を荒げながら、広務の額を押した。しかし広務はそこから口を離すことなく、快感を与え続けた。先端が喉の奥を突くほどに、深くまで咥える。 「マジでっ、──はっ、ぁっ……!!」  喉奥へたたきつけるように椎名が放出してしまうと、広務はそれを飲み込んだ。椎名はそれを目を眇めて見下ろしている。いつもと違う苦みばしった表情は酷くセクシーで、見つめられるだけで達してしまいそうだと思った。 「こんないやらしい人だったなんて、思わなかったな」  椎名はしゃがみ込むと広務の脇に手を差し込んだ。椎名の足を跨ぐように抱かれ、パンパンに張った広務の熱が椎名の腹部に擦れた。 「んっ……。やらしくて、ごめん……」  常に快感のためだけに関係を持ってきた広務には、「普通」というのがわからない。「普通の恋人同士」という関係になったこともなければ、彼らがどういう順序で愛し合うのかも知らない。  ただ「お互いが気持ちよくなる」ということに集中するのが、広務の「普通」だ。限られた時間に手練手管で極限まで昂ぶり合う。それが広務にとっての「セックス」だった。 「引いたか……?」  椎名が広務に処女性を求めているとしたら。明らかに抱かれることに慣れている広務を見て、白けてしまったかもしれない。夢遊病のような熱の中にいたのが、すうっと頭の奥から冴えそうになる。  不安がる広務の唇を、椎名は親指でなぞり、笑みの形を作らせた。 「いいえ。嬉しい誤算でした」 「そっか……?」 「はい。こんなにも初々しい表情を見せてくれるのに、体はとても慣れている。一粒で二度美味しい。俺も遠慮なく、広務さんを気持ちよくさせます」  不敵な笑みを浮かべ、椎名は指で広務の背筋をなぞった。肩甲骨の間から尾骨へ、そして割れ目のその奥へ。  浴室に入った時に持ち込んだのか、冷たいローションをそこへ垂らされる。窄まりを確認するように指で円を描かれれば、広務は期待の吐息を漏らすしかなかった。 「ここ、俺の前に使ったのはいつですか?」  意地悪なことを尋ねる椎名は、興奮の気配を隠しもしない。好奇心と嫉妬が混ざった瞳で見られると、胸を貫かれるほどの狂おしい気持ちになった。 「ずっと前……。多分、三月……」 「三月?広務さんのずっと前って、ほんの数ヶ月前なんですね……。じゃあその前はもっと頻繁に抱かれてた?なのに何ヶ月もしてないんじゃ、もう我慢できないでしょう──?」  そう言うと椎名は、広務の芯の先端をクリクリと弄った。とぷりと滴が溢れ、茎を伝い流れ落ちる。 「んぁっ……」  広務は熱を椎名の腹に押しつけるように、腰を揺らした。垂れる滴がニチャニチャと、椎名の腹部を汚す。 「本当にいやらしくて、可愛い人だな……。ねえ、優しく抱かれるのと激しく抱かれるの、どっちが気持ちよくなるの?」  椎名は、答えないと与えないといわんばかりに、トントンと指先で広務の窄まりをノックした。 「あっ、ああ……。椎名の好きに……されたい」  懇願したと同時に、椎名の指が侵入した。 「あっ、はぁ……っ」  久しぶりのそこはきつく、たった一本でも異物感が強い。椎名は中を確かめるように指を動かすと、「ここ、どのくらい解せばいいんですか」と尋ねた。

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