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 もしかして自分って女子にモテてるのかも──。椎名真楠(しいなまくす)がそう『勘違い』したのが、小学五年のバレンタインだった。 「椎名くん、これあげるね」  なぜかクラスの女子の半数以上が椎名にチョコレートをくれた。どれもこれもスーパーやコンビニで買える低価格なバレンタイン用チョコレートだったが、こんなにたくさんのチョコをもらったのは初めてだった。 「お母さん、チョコもらった」  椎名は困惑しながら母親に告げた。 「ふーん。え?──ええっ!?」  洗い物をしていた母は、二度見するほどに驚いた。それもそのはず、去年椎名がもらったチョコレートの数は、たった一個だったのだ。  それも正真正銘の義理チョコだった。お菓子作りが趣味だという母親がいる女子の家へ、班のみんなで宿題をしに行った。たまたまその日がバレンタインデーで、気を利かせたその子の母親がお土産に手作りチョコマフィンを持たせてくれたのだ。 「ええ~?急にモテ期かしら……」  椎名の母は戸惑いながらも、妙にそわそわと浮き足立ち始めた。 「お返しはどうしようかしら……。文房具?それともちょっとしたヘアアクセとかがいい?」 「わかんない」  男の子ばかり四人も産んだ椎名の母は、「可愛らしいモノ」に飢えていた。母は手先が器用で、ハンドメイドブログ界ではちょっと名前が知られているらしく、出版社から作品を依頼されることもあるくらいだ。  しかしどんなに素敵で可愛い作品を作っても、息子達の反応はぬかに釘状態だ。家はブルーやブラックなど男子カラーの物が散乱し、手作りのマフラーや手袋を作ってあげても「ふーん」くらいの反応しかもらえない。 「ほんっと男子ってつまんないわねー」  いつしか母は部屋を手作りの小物で飾るのをやめた。  しかし元来可愛い物好きの血は決して絶えてなかったのだろう。ホワイトデーには椎名が見たこともないような洒落たお返しを用意してくれた。  小学生向けというより、高校生や大学生、もしかしたらOLのお姉さんが使用しててもおかしくないキラキラで上品な大人っぽいステーショナリー。  こんなオシャレなものが関東の片田舎に売っているのだろうか。まさか東京の百貨店まで買いに行ったのではないか。椎名は母の意気込みに内心ちょっと引いた。  しかし驚くことにその素敵すぎる文房具は、椎名の家から車で二十分ほどの大型ショッピングモールで販売していたのだ。  翌年のバレンタインは更にたくさんのチョコレートをもらった。  やばい、俺すげーモテてるかも。  チョコをくれた中には椎名がちょっと気になっている可愛い同級生もいて、もしかしておつきあいが始まるのだろうか、ていうかつきあうって何すんの?と焦ったりした。  しかし不思議なことに、女子の誰一人として椎名に告白してこない。  小六ともなると、クラスの中でカップルが誕生したりする。つきあうと言っても一緒に下校したり、たまーにショッピングモールや映画に行ったりするくらいの健全なおつきあいらしい。  らしいというのは、椎名が未だおつきあいというものをしたことがなかったからだ。  でもなぜこんなにチョコはもらえるのだろう。クラスで一番チョコをもらえたのは、多分椎名だ。  しかし彼女持ちのクラスメイトに見せてもらった『本命チョコ』と、椎名がもらったチョコは何か違った。子供の椎名には上手く表現できないが、本命チョコはキラキラして見えたのだ。  腑に落ちなさを感じつつ、その年も椎名は母親が用意してくれたお返しを配りにまわった。  近所から順にまわり、一番最後に椎名が気になっている女子の家へ向かう。その子は笑い顔がひまわりみたいな、サバサバした性格の女の子だった。  玄関先にその子を呼び出し、お返しの紙袋を差し出す。今年も椎名の母は、大人っぽいきらきらの文房具を人数分用意してくれた。 「わー、ありがとう!」  白い小さな紙袋を受け取ったその子は、目を輝かせて喜んでくれた。自分がお返しを用意したわけではないのに、椎名はちょっと得意になる。センスのよい母親を持ったことを感謝した。 「本当にありがとう!じゃあね!」 「あの!」  さっさと家の中に引っ込もうとしたその子を、慌てて椎名は呼びとめた。どうしても聞きたいことがあったからだ。 「なに?」 「あの……、ちょっと教えてほしいんだけど」 「うん」  椎名がどうしても聞きたかったのは、チョコレートをくれた理由だ。チョコをくれるということは、その子も椎名に好意を持ってくれているということだろう。  もし上手くいくのなら、クラスのごく一部の子達みたいに健全なおつきあいをしてみたい。 「その、なんでチョコくれたのかなーと思って」  別にたいした意味はないですよ、でも何でかなーと思ったから聞いてるだけですよ、という風に椎名は一生懸命なにげなさを装って尋ねた。その子は不思議な顔で少し沈黙し、あっさりと返事をくれた。 「椎名くんにチョコあげたら『スワンズ』のお返しもらったって聞いたから」 「すわんず?」 「え?これ、スワンズで買ったんでしょ?」  その子は手にしている紙袋を掲げて見せる。白い小さな紙袋には、金色のシルエットで出来た二羽の白鳥が向き合い、その長い首でハート型を作っている。 「白鳥って英語でスワンっていうんだって。椎名くんにチョコあげたらスワンズの文房具でお返しくれるって、みんな言ってるよ?」 「へーそうなんだ。……じゃね」  その子は持ち前のサバサバした性格で、容赦なく現実を椎名に教えてくれた。椎名の淡い恋はあっさり玉砕した。ついでに女子という生き物は、意外とゲンキンなのだと悟った。  みんな椎名とどうこうではなく、椎名からのお返し目当てでチョコをくれていたのだ。完成なるお義理だったのだ。彼女達は、海老で鯛を釣っていたのだ。

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