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再び椎名のモテ期がやってきた。椎名が行ったことのない表参道とかいう洒落た街にあるオープンしたてのスワンズのカフェが、ちょうど話題になっていたからだった。
関東の片田舎で女子達の注目を浴びるには、オシャレな雑貨屋の社長の親戚程度のことでじゅうぶんだったのだ。
ただ今回はそのモテ期はあっさり去った。なぜなら彼女達にはちゃんと別に本命がいたからだ。ほんの少し話題性がある男子の登場に、これまたほんの少し浮かれただけだった。
ただ椎名の中に、「女子受けがすごい、洒落っけたっぷりの会社の社長の親戚」という驕りの小種だけが植えつけられた。
将来は東京の中心に住み、白鳥のおじさんの仕事を継いでもいいかも──などという、おじさんが聞いたら、どんだけ上から目線だよ!とツッコまれそうなことを考えたりもした。
想像するとそれはすごく自分にとって都合のよいように思える。女子受けサイコーだし、全国展開していて、まだまだ成長の余地がありそうな会社だから高給取りにもなれそうだし。
それに白鳥のおじさんは椎名達兄弟をとても可愛がってくれている。
クリスマスや誕生日のプレゼントは絶対リクエスト通りの物を贈ってくれるし、お年玉も親戚の中で一番高額をくれる。だから自分はおじさんにとって、かなり特別なのではないだろうか。
あんなにゲンキンな女子達に興ざめした椎名だったのに、図らずも彼女達と同じ思考で白鳥のおじさんを見てしまっていた。
白鳥のおじの会社に就職するのは、椎名の中で(勝手に)決定事項となった。
椎名が大学の進路を決める頃、スワンズは洒落っけ重視のオリジナル家電までも扱い始めた。工業デザインを勉強しておけば、なんとなくの格好はつくんじゃないか──、そんな適当な感じで椎名は工業デザイン科のある大学に入学した。
教授に「これ、見た目ばっかりで使い勝手まるで無視だよね」などと酷評を受けることもあったが、椎名は苦笑いでそれを受け流す。だって客の購買意欲は最終的に見た目の良さで左右される。椎名はこれまでの経験を経て、そう思い込んでいたからだ。
成人式を終えた頃、白鳥のおじから連絡があった。成人のお祝いに食事でもどうか、と言うのだ。
椎名も来年度には三回生になる。友人達は、そろそろインターンがどうこうと言っている。
これをチャンスとばかりに、夜景の見える恐ろしく高級そうなレストランで、ついに椎名はおじに相談した。
「あのさ、おじさんの会社でインターンさせてもらえないかな」
おじはフィレ肉のなんとかソースがけとやらを咀嚼して、少し小首を傾げ微笑んだ。
「うん?真楠はアルバイトでも探してるのかな?」
懐から財布を取り出そうとするおじを、椎名は慌てて止めた。どうやら小遣いに困っていると思われたらしい。
「違う違う。俺、大学卒業したらおじさんとこで働こうと思ってて。どうかな?」
おじにうち明けた時、椎名は今まで見せたことないほど最大級の『ドヤ顔』をしていたと思う。
それを聞いた白鳥のおじは感極まって、「わあお!真楠、本当かい?君がおじさんの跡を継いでくれたらこんなにも安心なことはないよ!チャ~オ!」とかなんとか、イタリア人の如く情熱的に喜んでくれるというのが、椎名の予想であった。
しかし白鳥のおじの反応は、椎名の予想を裏切るものだった。
くっきり二重の目をぱちくりさせ、困ったように眉尻を下げると、「うーむ、それはどうかなあ」と首を捻った。
「え?」
「おじさんの会社はインターンを募集してないんだよね~」
当たり前の如く白鳥のおじが椎名の申し出を喜んでくれるもんだと思い込み、スワンズがインターンを受けいれているかどうかすら調べていなかった。
白鳥のおじは両腕を組み、溜息まじりに椎名を見た。明らかにおじは呆れていた。甥っ子だから話を聞いて貰えているだけで、見ず知らずの人間なら門前払いされているところだろう。
「あの……」
「うん、真楠がうちの会社で働きたいって言ってくれたのは嬉しいよ。でもね~……」
いつもの陽気で女好きのおじさんの顔ではなく、白鳥のおじ企業のトップの顔で椎名を『品定め』している。今まで知らなかったおじの威圧感を、椎名は初めて目の当たりにした。
「真楠はさあ、別に可愛いもの好きじゃないでしょ。女の子の言う『かわいい』が理解できない人間を、うちは採用するつもりはないよ」
ズギャアアアーン、と雷に打たれたような衝撃だった。椎名の驕りもプライドも、ついでに勝手に作り上げていた将来設計も、全部がぺちゃんこに潰れた。
「真楠の身につけているもの、全部今年のトレンドを取り入れているけれど、本当にそれ好きで着てる?その髪型も若い子みんなしてるけど、君は自分に似合うからそうしてるの?全身トレンドの見本みたいで、君の個性って全くないよね。全くもって凡庸だよ?真楠が本当に『素敵』だと思って身につけてるもの、一つでもある?」
ぼろっクソにけなされながらも、おじの言うことは一理あると思った。正直、いまだに『カワイイ』とか『ステキ』ということがイマイチ理解できていない。今日の格好だって、これならセンス良く見えるであろうということだけを意識していて、何一つ椎名のお気に入りではない。
「……わかった。変なこと言ってごめん」
おじに何もかも見透かされていて、顔から火が出そうだった。次に生まれ変わる時は、きっと立派なマッチになれるであろう。
来世の職はマッチで決定したとして、卒業後の就職先はどうしよう。椎名は酷く困窮した。大学の進路だってスワンズありきで決めてしまったというのに。
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