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そもそもの元凶はあの文房具ではないだろうか。
その日の夜、椎名は自分が派手な勘違いをしたきっかけを思い出していた。
真っ先に思い出すのはやはり、あのキラキラのステキ文房具だ。同級生の女子達がお返しの文房具欲しさにチョコを贈りまくることさえなかったら──椎名の中で、ここまでスワンズの存在が大きくなることはなかっただろう。
「なんだよ……!文房具なんか可愛い必要ないじゃんか……!!」
ゴリゴリの八つ当たりだが、この恥ずかしさと悔しさを、椎名はあのキラキラ文具へぶつけた。
「ていうか!まじ文房具って使い勝手だろ!なんだよ!無駄にキラキラさせやがって!」
ベッドの上、お隣さんに迷惑にならぬよう、椎名は枕に顔面を埋めて叫んだ。
そうだそうだ。文房具なのに外見重視なのが悪いんだ。文具は実用性あってこそだろう──!?
それからの椎名は大学の授業もしっかりと受け、遅ればせながらも学生向けコンペなどに応募しまくった。この世の全ての文房具から実用性以外の要素を取り払ってやる、と決めたのだ。
しかし世は女子受け文具の時代真っ只中。マスキングテープの登場により、文具の『カワイイ』ジャンルはじわじわと拡大しつつあった。女性をターゲットとした文具展覧会も開催されるほどにだ。
「私のデザインする実用性超重視文具で、新たなムーヴメントを作っていきたいと思います」
キラキラ女子文具時代に終焉を──。椎名は無駄を一切省いた文房具を世に送り出す野望のためだけに、文具メーカーを就活しまくった。
そんな椎名に不穏なものを感じとったのか、ほとんどのメーカーが不採用をつきつけてきたが、たったひとつだけ採用の通知が椎名の元にも舞い降りた。それが老舗文具メーカーロクカクだったのだ。
てっきり商品企画部に配属されるもんだと思い込んでいたのだが、椎名が配属されたのは営業部だった。面接官の中にいた営業部長の菊池が、「こじらせ方がすごそう。上手く転べばいい仕事するだろう」という直感、山勘、第六感で椎名の採用を推しでくれたのだ。
そして広務は覚えていないだろうが、椎名が初めて広務と会ったのは入社まもなくの頃だった。
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