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 偶然、椎名の同期に学生時代の知り合いがいた。新入社員は配属される部が決まるまでの数ヶ月、様々な部署に研修のため一時配置される。それは本社だったり支店だったり工場だったり、本当に多岐に渡っていた。  椎名が最初に研修を受けたのは営業部だった。本社の営業二課、つまり小売店まわりの仕事だ。  正直椎名は肩すかしを食らった気分だった。なぜなら入社試験の面接で、あれほど人間工学に基づいたデザインや商品の実用性重視についてプレゼンしまくったので、椎名が一番に研修を受けるのは製品を企画する部署だと思っていたからだ。  初日から先輩社員について外出し、一本百円二百円のボールペンを並べる販促什器を置かせてもらうために頭を下げる。自分と同じくらいの歳のアルバイト店員にぺこぺこするることは、椎名のプライドを傷つけた。  しかしそれも一時の我慢。この研修期間が終われば商品開発の仕事につけるはず。そう信じ、笑顔を浮かべ続けた。  そんな日が数日続いた時だった。その日は外回りではなく、営業補佐の仕事をする社員の更に補佐という、いかにも見習いですが何か、という仕事のために椎名はデスクワークについていた。学生時代の知り合いもたまたま椎名と同じ営業二課の研修を受けていて、同じようにその日はデスクワークだった。  本社には立派な社員食堂があり、同期同士一緒に昼食を摂ることにした。社食に入ってみると、他にも見知った同期達の顔があり、何となく同期で固まって座ることとなった。 「なあ、実際文房具ってどう思う?」  真っ先に不満げな声を上げたのは、学生時代からの知り合いだった。 「このデジタル時代に文房具ってオワコンだと思わない?俺の友達が就職したIT系の会社は、オフィスにペンの一本もないらしいんだよ。ちょっとしたメモはスマホですむし、資料だってデータで各自のPCに送っちゃえば、紙も必要ないし」  その知り合いは学生時代、椎名と同じ大学の情報工学科に在籍しており、ロクカクが推し進めている『文具とアプリの連携』に興味引かれ入社したのだった。しかし希望の職種ではない営業の研修に就かされ、きっと不安なのだろう。  このまま営業部に配属されてしまえば、学生時代の勉強は無駄になってしまう恐れがある。自分達は『文具メーカーロクカク』に入社するのが最終目的ではなく、やりたい仕事があるからこの会社に入社したのだ。  がっつり負の意識に支配されている彼に向かって、同期の女子が慰める。 「全然オワコンなんかじゃないよ!文具好きは全国にいっぱいいるし、文具特集の雑誌も定期的に出てるくらいだし。私のまわりなんか、文具好き女子いっぱいいるよ」  そう言って彼女は、ロクカクがお洒落アパレルとコラボした、数万円もする万年筆を懐から出した。彼女は椎名の志とは全く逆で、世に可愛くて心ときめく文房具をたくさん送り出したいという思いで入社したのだ。  勝手に彼女に敵対意識を抱いていた椎名は、心の中で舌打ちしながらも、続いて彼に慰めの言葉を発した。 「いや、文具とアプリの連携はデジタル社会に必須になってくるはずだし、やっぱアナログは廃れないと思うよ。デジタル機器は電気がなれけば使えないけど、ペンと紙は違うじゃん」  みんなでいくら慰めても、同期の拗ねた心はなかなか元に戻らないようで、彼はじとっと椎名を下から見上げた。 「お前はいいよな。だってここがダメになったら、親戚のとこ行けばいいんじゃん」 「は?」 「そうだよ──お前の親戚の会社、うちの取引先じゃんか。椎名お前、コネ入社なんじゃねえの?」  同期達の戸惑いを含んだ視線が椎名に集中した。確かにスワンズの文具は全てロクカクの工場で作り、ロクカクが卸している。  椎名がスワンズの社長の親戚だということを、きっと彼は学生時代にどこからか聞いていたのだろう。その頃は椎名もそれを隠そうとはしていなかったのだし。  だからって、コネ入社はいいがかりだ。椎名は就活においておじの名前を一切出すことをしなかったし、おじに援助を頼むこともしていない。 「──ふざけんな」  カッと頭に血がのぼり、椎名は思わず立ち上がった。 「はいはい。そんないいがかり、いちいち相手にしないこと」  背後から誰かに肩を掴まれ押さえられ、椎名は後ろを振り返った。全く見覚えのない男性社員が椎名の肩に手を置いている。その男性社員こそが、葛岡広務だった。

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