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「会社の悪口は場所を選んだほうがいいよ」
同期だけでテーブルを囲んでいたせいか、きっと気が緩んで声が大きくなっていたのだろう。広務はそれを注意してくれたのだ。ひと言だけ注意をすると、広務はさっさと自分のテーブルへと向かう。
「……すいません」
愚痴を言っていた同期は、不満げに広務の後ろ姿に向けて謝った。その態度から、ちっとも悪いなんて思っていないのが透けて見える。
「お前っ──」
いくら相手がこちらに背を向けていたとしても失礼だろう、と椎名は学生気分の抜けきらない同期に向かって声を荒げた。しかしそんな椎名を、広務は再び制した。
「あのさあ、君」
「自分っすか」
広務に話しかけられても同期はその態度を変える意思はないようで、見ている椎名の方がイラついてしまう。
「ここに文句があるなら、そのITの会社に転職すればいいだろう?愚痴ばっか言ってやる気見せない社員に給料払うほど、会社は優しくねえんだよ」
ひとつも声を荒げることのない、穏やかな口調だった。しかし同期は真っ青な顔で広務を見ている。きっと今まで他人に叱られたことがないのだな、と椎名は思った。
「あと、コネ入社がどうこう聞こえたんだけど」
ザッ、と再び同期一同の視線が椎名に集中した。
「うちの会社、数年前から縁故採用をしない方針になってきてるんだ。コネで入った社員がちょっとやらかして揉めたことがあってね──でもコネだろうが実力だろうが、俺はそんなの関係ないと思う。会社員の評価は入社した後の実績で決まる。使えない社員は等しく左遷の対象になってるから、そのつもりで」
広務は愚痴を言った彼から視線をそらさず言い切った。その場にいた新入社員全員に、緊張が走った。
すごく格好いい──椎名はちょっと感動してしまった。どこの部署の先輩か知らないけれど、パリッとスーツを着こして、激昂することなく冷淡に同期を言いくるめた。きっとめちゃくちゃ仕事も出来る人なのだろう、そう感じた。
この人といつか一緒に働きたい。
さらりと同期をやり込めた手腕に感動し、しかも椎名のコネ入社疑惑も払拭してくれた。一瞬で椎名は広務のファンになった。
内心感動で打ち震えていると、広務が振り返り椎名を見つめた。できる男は顔面も整っている。椎名は少女マンガのヒロインみたいに、頬を赤らめた。
「ああ、君が菊池さんの推しメンくんか」
菊池とは今椎名が研修を受けている営業部の部長のことだろうか。しかし推しメンとはなんだ。椎名は意味がわからず、首を傾げた。
「あのさ、もし営業に行くのなら、その髪型どうにかした方がいいよ。じゃあ」
ポンと椎名の肩を軽く叩き、広務はその場を立ち去った。
「……リアル肩たたき」
ポツリと誰かがつぶやく。
椎名は焦った。たった一瞬で椎名の心を魅了した先輩社員に、肩たたきされるだなんて。もしやあの人はリストラに関係する仕事をしているのだろうか。
「俺の髪型どこか変!?」
向かいに座っていた女子社員に尋ねる。すると彼女は苦笑いを浮かべて教えてくれた。
「ザイルみがすごい」
「チャラく見える」
「セット力 ぱない」
「文具屋じゃなく不動産業界ぽい」
ひとりに尋ねたつもりだったのに、続々と批判的意見を頂き、地味にヘコむ。
相変わらず椎名は自分に似合う髪型がわからず、ヘアカタログに載っている自分に似た顔のモデルの髪型をオーダーしていた。大学生の頃はそれでもよかったのだが、会社員になったとたんこんなにも不評を買うとは思っていなかった。
その日の帰り、椎名は美容院に行った。流行り廃りに左右されず、『自分に似合う』ということを初めてちゃんと考えた日だった。
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