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だから広務と同じ一課に異動になった時は、ついにキタ!!──という気持ちだった。一日でも早く、広務に認められる男になろうと決意を新たにした。
喫煙所でうずくまる広務を見た時は、正直我が目を疑った。だって、あの『葛岡広務』が、人知れずひっそり泣くことがあるなんて。
彼を泣かせた原因が何かはわからなかったが、そのギャップにもやられまくった。
もう恋の神様が、「好きになっちゃえばいいじゃん」と膳立てしてくれているような気がして、椎名は積極的に広務を構った。少しずつ長いスパンで自分に振り向いてくれればいい。
子持ちの広務を振り向かせるために、椎名は長期戦の構えでいた。
だからうっかり寝ぼけて広務にキスをしてしまった夜。あの夜、椎名は自分に都合のよい夢を見ていた。夢の中で広務と『そういうコト』をしていたのだ。
やたら生々しい感触の夢で超ラッキー。夢うつつで広務の唇を貪ってしまった。
だからそれが現実の広務とキスしているとわかった時は、失敗した、順序を間違えたと焦った。それこそ少女マンガじゃないけれど、椎名の中ではそれなりの告白プランがあり、告白、両思い、からの『キス』というステップを踏むつもりでいたのだ。広務も椎名がキスしたのは寝惚けてのことだと思ったようだった。
また何ごともなかったかのような日常が始まる。椎名はあらためて広務に認め、頼られる存在になれるよう尽力した。
そんな毎日が続いていたある日、瑛太のことで広務が学校に呼び出された。広務は激しく動揺していた。
椎名もできることなら広務について行ってやりたかったが、こういう緊急な事態のために椎名は広務の仕事を引き継いでいるのだ。
その日は全ての業務を最速のスピードで消化し、椎名は帰路についたのだった。
広務のマンションを訪ねるも、誰もいない。もしや瑛太と出かけているのだろうかと、椎名は自宅に帰ろうとした。
しかしとちゅうで夕飯を食べていないのを思い出し、商店街の出口にあるコンビニに向かった。そのコンビニで、友達と買い物をしている瑛太と会ったのだ。
「お父さんは?」
尋ねると、瑛太は気まずそうにそっぽを向いた。
「瑛太くん?」
「今日はおれ、とうちゃんとケンカして──」
気がつくと、椎名はコンビニを飛び出していた。めちゃくちゃ嫌な予感がする。広務の行き先で唯一思い当たるのは、見知らぬ男と消えいく後ろ姿を見た、あのネオン街だ。
椎名は帰路を引き返すように、商店街を抜け駅へ向かった。電車に飛び乗り、向かうのはあの街。
そしてやはりそこに広務はいた。
前回見かけたのとはまた違う若い男に、広務はキスされていた。それを見た椎名の頭に血がのぼった。
「今夜、俺があなたを抱きます」
思い描いていたステップはかなり省略してしまったが、ついに椎名は広務と心を繋げた。そして身体も繋げることができた。
男を抱くのはもちろん初めてだったけど、広務との体の相性は最高に良かったと思う。思うというのは、それを広務に確認していないからだ。
しかし、広務の乱れる様子を思い出せば、きっと同じように感じてくれていたはずだ。広務は本当に妖艶だった。
今までつきあったどんな女の子よりも──ついでに今まで観たどんなAVよりもエロかった。
性も、年の差も、会社の先輩後輩というしがらみも、全部取っ払って広務のことが好きだ。
想いが成就した今、椎名は一生を広務に捧げてもよいと思うし、今後広務を誰にも触れさせたくない。
今まで知らなかった自分の独占欲を、椎名は初めて実感した。
広務への気持ちを意識した後、椎名はネットで男同士のやり方を調べることを怠らなかった。
気持ちが通じ合えるなら、いつだってそういうことになってもいいように。ちゃんと予習しておいた自分に、まじグッジョブだ。
交合の動画をネットで見た際には、全く興奮することなどなかった。まじで男同士でやってんなー、くらいの感想だった。
しかし、スーツの上からは予想もつかなかった広務のしなやかな体つきや、掌に吸いついてくる少し汗ばんだ肌、甘やかな吐息、そして椎名の硬直を搾取するように蠢く広務の内側──それらは想像以上のもので、椎名を夢中にさせた。
広務のハスキーな声が、椎名が突く度に高くなる。その声で名前を呼ばれた時は、耳に入る広務の声音だけで達してしまうかとすら思った。
初めて恋人との交合を覚えた若者みたいに、何度も何度も広務を求めた。広務が男に抱かれることに慣れている様子が悔しくて、少し意地の悪い攻め方をしてしまったようにも思う。
こんな独占欲に駆られた抱き方をしてしまったのは、本当に広務が初めてだった。それを許してくれる広務の寛大さに惚れなおし、さらにしつこく快楽を貪った。
好きな人と抱き合うことの至福を、椎名は初めて知った。
椎名は一生を広務に捧げる決意がある。
広務が瑛太を大事に思う姿は好ましく、椎名も同じように瑛太が大事だ。性も年齢も社会的なしがらみも、椎名にとっては些細なことにしか感じない。
初めて広務と体を繋げてから、一年と半年。瑛太は来年中学生になる。
恋をする喜び、愛しい人に愛しいと伝えられる毎日。椎名はそれらの幸福の真っ只中にいる。
だから油断していた。
まさか広務から、「この関係を終わりにしたい」などと言われるなんて、思ってもいなかったのだ。
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