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 街がクリスマスカラーに彩られる十二月。二十二日から瑛太の学校は冬休みに入った。  瑛太はクリスマスを香子の家族と過ごす。それは広務が瑛太を引き取った去年と同じで、三十日には東京に戻り、元旦は広務と共に迎える予定になっていた。  おかげさまで、クリスマスを広務は恋人と過ごすことができた。恋人というのはもちろん椎名のことだ。  椎名は何かにつけて、「広務さん、好きです」と言葉で伝えてくる。真っ当な恋愛に慣れていない広務は、それを曖昧な笑顔で受け止めることしかできない。  もちろん椎名のことは好きだ。好きだけど、子持ちで三十歳過ぎの自分がそれを伝えてよいのだろうか。椎名はまだ二十代半ばで、彼の人生はまだまだこれから未知数だというのに。  しかし恋する気持ちは広務を盲目にさせる。椎名といると、今だけ──椎名が自分に飽きるまでの間、恋人として隣にいたいと思うのだ。  二十八日の仕事納めを終えた帰り道、広務は香子からメールが届いているのに気がついた。瑛太が正月も香子達と過ごす許可を求める内容だった。  広務は香子に電話をかけた。  瑛太が正月休みを香子や祖父母とにぎやかに過ごしたいと思うのはかまわない。しかし新幹線の予約や、東京に帰ってくる日程の確認をしなければならない。  数コールの後、にぎやかな人の声をBGMに香子が電話に出た。 「瑛太、そっちにいつまでいる?」  単刀直入に尋ねる広務に、香子はなぜか声をひそめて、場所を変えると言った。 『もしもし……?』 「うん」  電話の向こうのにぎやかな雰囲気はなくなり、どうやら香子は部屋を変えたようだった。家族の前では話せない内容なのだろうか。  師走の北風が吹き荒れる街角で、広務の背筋はさらに冷えた。 『瑛太なんだけど、中学はこっちで通いたいって言うんだけど』 「えっ……!?」  寝耳に水とはまさにこのこと。思いもよらない事態に、頭の中が真っ白になる。 『ねえ、聞いてる?』  沈黙に苛立った様子の香子の声で、ようやく広務の頭に疑問がわき出した。 「それってどういうこと?瑛太は俺と暮らすの嫌だって言ってるってこと?」 『それは……』 「それに瑛太は今『葛岡』なんだよ?そっちで暮らすって、また姓が変わるってこと?まだ葛岡に変わって二年も経ってないのに……」  そうだ、まだ二年も経っていないのだ。毎日 忙しなくて、それでも瑛太といるのは楽しくて、まるでずっと昔から一緒に暮らしていた気になっていたが、まだ二年も経っていない。  なのになぜ瑛太は香子のもとに行くというのか。こちらの生活の、何が気に入らないというのか。 「瑛太は最初からそういうつもりだったのかな……」 『そういうって?』 「だから、小学校を卒業するまでの、期間限定の親子だったってこと……」  それはあまりに酷だと感じた。  家族も恋人も、広務は全て諦めて生きてきた。そんな広務のもとに、ある日突然やって来た実の息子。  血の繋がりや戸籍などそういうものを越えて、瑛太を愛するということを広務は覚えた。瑛太は、何もない広務の人生に突然降りてきた天使だった。 『ねえ、葛岡くん……。もしかして、まだ瑛太に聞いてない?』 「何を……?」 『瑛太が葛岡くんと暮らすって決めた理由』 「理由って……、引っ越しで小学校を変わりたくなかったから……だろう?」  それ以外の理由を、広務は瑛太から聞いていない。しかし電話の向こうで香子は、重たげな溜息を吐いた。 『年末年始はうちで瑛太あずかる。学校が始まる前の土曜日にそっちに帰すから、一度瑛太としっかり話し合いして』  大阪の中学に通うかどうかはそれからだ、と香子は広務との通話を終えた。

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