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椎名も実家に帰省してしまい、広務はひとりで新年を迎えることになった。
いや、今まではそれが普通だったのだ。
ファミリー向けのマンションの部屋は、ひとりで暮らすには広すぎる。今にもリビングのドアを開けて瑛太が顔をのぞかせる、そんな幻影をも見てしまいそうな気がした。
土曜になり、瑛太は東京に戻ってきた。東京駅まで広務は瑛太を迎えに行き、電車で地元の駅まで帰ってきたが、その間肝心なことは聞けずにいた。
瑛太は六年生になってから、グンと背が伸びた。足のサイズも二十四センチあり、もう小さな子供とは言えない外見になっていた。
子供じゃないけど大人とも言えない。微妙な思春期の入り口に差し掛かっている。それでも広務からすれば、可愛い息子に変わりない。
自宅に到着すると、瑛太はそそくさと自室に引っ込んでしまう。去年は「とうちゃん!とうちゃん!」とまとわりついてきたものだが、たった一年しか経たないのに子供の心身の成長は早い。
「瑛太、ちょっといいかな」
広務は瑛太の部屋のドアをノックした。
少し間があり、「いいよ」と小さく呟くのが聞こえ、広務は部屋のドアを開けた。
瑛太はベッドに腰かけ、顔を他所に向けている。気まずいことがあった時のくせで、そういう時瑛太は広務の顔を見ない。
「お母さんに聞いたんだけど、中学から大阪に行くって……?」
瑛太はこくんとうなずいた。
「なんで?こっちに友達たくさんいるだろ?寂しくない?」
瑛太は僅かに首を横に振っただけで、ひと言も喋ろうとはしない。
小さな沈黙が流れる。瑛太が考えていることがわからない。親子だからって、言葉にしなければ伝わらないことがあるのだ。
「もしも……、本当に瑛太がそう決めたなら、お父さんは反対なんかしないんだけど」
瑛太は小さく身じろぎした。きっと伝えたいことが本当はある、そんな気がする。
「ひとつ教えて欲しいんだけど、瑛太は何でお父さんと暮らそうと思った?」
広務は瑛太の向かいにしゃがみ、目線を瑛太と合わせた。
もちもちだった頬の線は少しシャープになり、角度によっては大人っぽく見える。親バカだけど、きっと将来はかっこよくなる。
広務はその成長を、瑛太のすぐ隣で見れなくなるのだ。
そう思うと、グッと喉の奥が詰まった。子供の前だというのに、徐々に瞳が潤み始める。
広務は瑛太と目を合わせ続けるのがつらくなり、ゆっくりとまぶたを閉じた。
「父ちゃん……」
「うん」
瑛太に腕を引かれ、広務もベッドに腰かけた。瑛太から遠い方の手で、そっと目尻を拭いた。
「俺が母ちゃんのとこに行くのは、父ちゃんがもうひとりじゃないからなんだ」
「え?」
瑛太は真っ直ぐ前を向き、滔々と話し始めた。
「あのさ、俺が生まれたのって、たまたまできちゃったからなんだろ?父ちゃんも母ちゃんもまだ大学生で、本当は結婚する予定じゃなかったって」
「それは……」
確かに事実だが、それを認めるのはあまりにもつらすぎた。誰も瑛太の誕生を望んでなかった、そんなふうに聞こえてしまう。
「それはそうだったけど、でも!──俺もお母さんも本当に瑛太のことが大好きで、生まれてきてくれて嬉しいと思ってるんだよ」
広務は瑛太の頬を両手で包んだ。生まれたばかりの瑛太に、今と同じように触れた記憶が鮮明に思い出される。
掌に感じる温かさは、今も昔も宝物だ。
「うん、別にそれは気にしてないよ。だって友達にもデキ婚の家、結構いるし」
「そっか……」
「それで──俺、父ちゃんと母ちゃんが離婚した理由も知ってるんだ」
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