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 瑛太をタクシーに乗せ見送った後、広務達はビジネスホテルに部屋をとった。  受け付けのスタッフの手前、さすがに男二人でダブルとは言い辛く、結局ツインの部屋にした。  部屋に入るなり、後ろをついてきていた椎名に背中から抱きしめられる。それは懐かしい匂いと温もりだった。 「瑛太くんには感謝してもしきれないな」  広務の首筋に、椎名は顔を埋めて囁いた。熱い呼気が官能を昂ぶらせる。広務はうなずいて、同意をあらわした。  本当に瑛太はよくできた息子だ。自分にはもったいないくらいだと、広務は思った。  しかしその感慨も、椎名の手の動きによって意識の片隅に追いやられてしまう。  背広の裾から忍び込んだ手は、広務のシャツを捲り上げ、性急に素肌を撫でまわした。 「すみません、我慢ができなくて……」  そう謝りつつも、椎名は広務の腰の狭間に熱を押しつけてくる。キスすらまだ交わしてないというのに、椎名のそれはこれ以上ないくらいに硬くなっている。  広務は自分の心臓が高鳴りすぎて止まってしまうのではないかと思った。  誰かと肌を合わせるのも三年ぶりなのに、その相手は椎名なのだ。  何度、彼との交合を思い出して自身を慰めたことだろう。 何度、愛し合った夜を思い出して切なくなったことだろう。  今でも広務の心は、椎名にとらわれたままだった。  広務は背後に手を回し、布越しに椎名のそれをそっと撫でた。「は……」と微かな吐息の後、椎名が息を詰めたのが伝わる。 「椎名……」  椎名の腕の中で振り返り、広務は椎名の首に腕を回した。  微かにコロンの香りがする。深い森を思わせる複雑な香りも、三年前のままだった。  どちらからともなく唇を寄せた。浅いキスはあっという間に深度を増していく。  舌先を擦り合わせ、もっと奥へ侵入する。滑る生き物のようになったお互いの舌が、淫らな水音を立てて絡まり合う。  腰にくるような口吻に、広務は立っているのもつらかった。椎名の首に回した腕に力を込めて体を預けると、近くのベッドにスローモーションで押し倒された。  見つめ合いながら、服のボタンに手をかける。じれったく感じながらひとつひとつ外していくと、椎名も自分の上着を脱ぎ捨てた。  シャツが素肌に絡まるように感じる。それくらい一枚脱ぐ時間も焦れったい。  椎名のシャツも脱がせてやる。興奮のせいか、椎名の肌は微かに汗ばんでいた。  露わになった広務の胸に、椎名は唇を寄せた。ピンと尖った胸の突起を、椎名の舌先が掠める。 「は、あっ……」  広務は大げさに体を反らせた。舐められた面積は僅かなのに、そこから全身に痺れるように快感が走る。  全ての神経が小さな粒に集中していく。恥ずかしいくらいに硬くなったふたつの点。椎名の指で下から上に撫で上げられれば、スイッチを入れられたように唇から啜り泣きが漏れた。  凝った感触を、椎名は満足いくまで楽しむつもりのようで、そこへの愛撫は長く続いた。  キュッとつねられ引っ張られ、唇の隙間に挟んで思い切り吸われ、──広務はそこの刺激だけで何度も気が遠くなりかけた。  まだ下半身は衣服に包まれたままで、布の中の湿度がどんどん上がっていく。熱くて熱くて、早く全てを脱ぎ捨て、椎名に触って欲しかったけれど、その焦れったさにも昂ぶった。 「もう……っ……」  もっと熱い箇所を触れ合いたい欲に我慢がきかず、広務は椎名の体を反転させた。形勢は逆転する。  乱れてしまったがために、視界を邪魔している前髪を横に流す。目の前を遮るものが何もなくなると、椎名の顔がはっきりと見えた。  熱っぽい瞳が広務を見上げている。 「広務さん……」 「椎名……、んぅ……」  椎名の唇にキスを与えつつ、下肢に手を下ろしていく。広務の手に感じているのだろう、椎名の熱い呼気が唇の隙間からもれた。  ベルトに手をかけ、器用にボトムスのファスナーを下げる。インナーの上からでもくっきりと、椎名の形と熱を掌に感じた。  下から上に撫で上げる。ビクビクと、俎上の魚のように硬直が跳ねる。まるでこの先を期待するかのように蠢くそれに、広務は椎名の若さを感じた。 「んっ……あ……」  椎名の手が広務の腰を揉んだ。両の指先が、割れ目を確かめるように動く。 「ああっ!」  受け入れる孔を強い圧で刺激され、広務は思わず悲鳴を上げた。  イタズラな手をそっとおさえ、広務は椎名の下肢にうずくまる。 「ん……、あつ……」  椎名の昂ぶりを露出させ、愛しいものにするように頬ずりした。広務の頬の温度よりももっと熱いそれは、広務の肌を灼く。 「は、んむ……」  躊躇わず口に含む。太い血管が脈打つのが、広務の唇に伝わってくる。頬張りきれないそれを喉奥まで押し込め、きつく吸い上げた。  頭上で椎名が息を飲む気配がした。広務はそれを口に含んだまま、僅かに頭を上げた。  椎名が見ている。  欲と熱を孕んだ視線を全身に浴びつつ、広務は口技を再開させた。  椎名の眉間にくっきりと皺が寄る。快感を堪える表情に、広務の熱が炙られていく。  リズミカルに頭を上下させ、唇と舌で作った筒で愛撫する。 「っ──!」  息を詰める気配とともに、広務の口内が熱い液体で満たされた。 「……すいません……」  椎名は乱れる息の合間に謝罪した。 「いや、嬉しかった」  広務は口元を拭い、笑んでみせた。 「──んっ……」  あっという間に体ごと引き寄せられ深い口づけを受けた。今まで椎名のものを頬張っていた口を、椎名は躊躇することなく舌で味わいつくしていく。そうされることが、椎名に酷く好かれているようで──、いや、好かれているのだと伝わってくる。 「椎名……、もう待ちきれない……」  この三年間、なぜ椎名に触れずに生きて来られたのか。広務の全身が、椎名を求めすぎて焦がれる。  唇も、手も、肌も、──心も。  全て彼の手で触れてほしい。愛して欲しい。 「あっ……!」  椎名の熱の先端が、ゆっくりと広務の中に侵入してくる。ほぐしていないそこは、硬直を排除するように締まった。 「俺も、我慢できない──」  わずか五センチ先から瞳をのぞき込まれ、椎名の黒瞳に吸い込まれたいと望んだ。彼の体内に吸い込まれて、完全にひとつになってしまえたら、どんなに幸福なことだろう。  この先どんな困難があったとしても、椎名と離れるなんてもう無理だ。  なのに広務の内側は相変わらず椎名を絞り出そうと抵抗する。 「もう、ひとおもいに突いて──」  性急な行為はきっと体を傷つけるだろう。しかし体の傷はいつか癒える。  それよりも早く心が満たされたい。  全身で、再び椎名を得た喜びを確認したいと願った。

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