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同期の康太
時刻は八時十分、今となっては見慣れた市庁舎が見えてくる。築年数の古いこの建物は、今日も朝日を受けてその古さをまざまざと見せつけている。築年数が相当経っているようで、窓枠には耐震補強の筋交いが通っており、あまり見た目が良い建物とは言えないだろう。けれど私は、この庁舎が気に入っている。昔から何度か訪れていたため馴染みがあるということもあるが、地味にただそこにあるという存在自体にどこか自分を重ねてしまうためだ。
構内に入る直前に自転車を降りた。数年前に朝急いで通勤してきた自転車に乗った職員が、構内で市民と接触事故を起こして以来、構内では自転車に乗ってはいけないという謎ルールが出来上がってしまった。過剰な対策だと思うが、ミスをしないことが善である公務員という立場ではしょうがないのかもしれない。
「おっはよう!」
右肩に衝撃が走る。どこぞのバカが私の右肩を叩いてきたようだ。
「おはよう。今日もうざいぐらいに元気だな。」
「そういうお前は暗いんだよ!寒いんだからテンションは、上げていこうぜ。」
「無理にテンション上げても疲れるだけだよ。一日は長いんだから、ペース配分を考えるべきだと思う。」
「そんなこと考えてるから一日が長いんだよ、全く。どんな仕事だって必ず何かしらの意味がある。それに全力で取り組んでいれば、一日なんてあっという間に過ぎるぞ。」
「いや、俺は仕事はあくまでお金を得るための手段に過ぎないと思っている。最低限のハードルを設定して、それをギリギリ飛び越えて給料をもらいたいね。」
「宗一のそういう合理的な考え方は、嫌いじゃないんだけど何か癪に障るんだよな。いつかバチが当たるぞ。」
「バチが当たる?」
「ああ。何かこう大事な場面で大事なことを見逃しそうな気がするんだよな。まぁそうなりそうだったら俺がアドバイスしてあげようじゃないか。」
「何様だよ、康太」
彼は土居康太(どい こうた)。同期の一人だ。私と同じ事務職で入庁している。年は私の三歳上だ。私が大学時代とある事情から一年休学していたため、康太は今年の新卒よりも四歳年上だ。
公務員には、採用の時点でどのような職業に就くのか分野が多少決まっている。私と康太は事務職として採用されているので、最も様々な仕事を今後することになる。社会福祉系や庁内管理、商工関係など様々だ。はっきり言えば何でも屋といったところだろう。
康太と初めて会ったのは、入庁前にあった採用予定者の懇親会のときだ。そのときレクリエーションの中で、それぞれが自己紹介する機会があった。そこでたまたま趣味が同じだったことがキッカケで仲良くなった。少し珍しい趣味だったので、まさか同好の士が職場にいるとは思わなかった。私の性格は陰気な方だが、彼の快活な歯に衣着せぬ物腰と、なぜか馬が合う。今となっては、同期の中で最も仲の良い友人と言っていいだろう。
「宗一は今日は定時で上がり?金曜日だし久々に同期で飲みにでもいこうぜ。」
「集まれば行くよ。取りまとめはよろしく。予定決まったら連絡して。」
「あいよ。任せてくださいまし。じゃあまたな!」
康太が颯爽と去っていく。見てくれは悪くないのだけれど、今朝みたいに人にうざ絡みしてしまうところがある。そんなんだから彼女ができないんだよ、と自分のことは棚に上げて考えていた。頭の中で無駄な心配をしながら、自分のデスクへと向かった。
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