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お隣の先輩、亜樹さん

 私、佐倉が現在所属しているのは、商工観光課というところだ。千台市内の企業の活性化や、大きなお祭りなど観光振興に関わる仕事を担当している。大きく分けると名前のとおり、商工関係を扱う係と観光を扱う係の二つに分かれている。私は観光を扱う観光振興係に在籍している。採用時に希望の職場を第三希望まで申告することができたのだが、そのどの課でもなく、観光系の仕事をやらされるはめになるとは思ってもみなかった。面接のときも、別にイケイケのキャラを作っていたわけでもない。おそらく穴埋めのように、たまたま席が空いていて余ったところに、とりあえず新人を突っ込んでおこうという適当な人事による結果だろう。 「亜樹さん、おはようございます。」 「おはようございます、佐倉さん。朝から疲れた顔をしていますね。」 「それは、私の様子を表しているんですか?それとも顔の造形のことですか?」 「両方です。」  そう言ってクスッと笑うこの女性は、職場でお隣の席に座る先輩の鈴木亜樹(すずき あき)さん。職場での私の指導係をしてくれている。物腰が静かな人で、いつも余裕を持っているように感じる人だ。私が入庁する前、同じ課にもう一人の鈴木さんがいたらしく、みんな下の名前で呼んでいる。私も周りに合わせて、下の名前で呼ばせてもらっている。年齢は聞いたことはないが、おそらくまだ三十歳手前だろう。いつも仕事で助けてくれる頼りになる先輩だが、たまに毒を吐く所がある。  しかし亜樹さんのファンは、実は多い。入庁してから何回か周りの人から、亜樹さんが指導係なんて羨ましいという言葉をかけられた。何でも毒を吐いた後の笑った顔にゾクゾクするのだとか。世の中いろいろな人がいるのだなと、実感させられる。確かに亜樹さんは美人だし、スタイルも良い。しかし私からすれば、頼りになる勇ましい先輩という感じで、亜樹さんとどうにかなりたいとは一切思っていない。これも私の圧倒的童貞力のせいなのだろうか。 「佐倉さん、今日のスケジュールは頭に入っていますか?」 「もちろんです。これから確認します。」  キメ顔で言った私に、亜樹さんの視線が突き刺さる。 「一週間ぐらいのスケジュールは、確認せずとも頭にインプットしておいたほうが良いですよ。それに細かく覚えておく必要はないと思いますが、自分がこれから何をしなければいけないのか、数ヶ月単位で把握しておくことは大切なことです。」  亜樹さんは淡々と諭すように言った。 「頭ではわかってるつもりなんですけどね。家に帰ったら仕事のこと、スッキリ忘れてしまうんですよ。」 「切り替えが上手く出来ているということは素晴らしいことだと思いますので、そのままで良いと思います。ただ庁舎に入って、自席に着く頃には仕事モードに頭を切り替えておいてくださいね。」 「わかりました。善処します。」 「ふざけてます?」 「ふざけてないです。あとそんな目で睨まないでください。興奮します。」  亜樹さんはこういった軽い下ネタにも弱いことは、ここ数ヶ月で判明したことだ。 「そういう発言は良くないと思います。」  そんなことを言いながらも、顔を赤らめている。ファンが多いのもうなずける可愛さだと思う。亜樹さんをからかいつつ、パソコンを立ち上げてスケジュールを確認する。 「それで佐倉さん、今日のスケジュールは思い出しましたか?」 「はい、十二月中旬から行う街路樹のイルミネーションに関する打ち合わせですよね。」 「そうですね。寒さの厳しい千台市の冬に、暖かさをもたらしてくれるイベントです。もちろん観光客の誘致という観点からも非常に重要なイベントです。気合い入れて臨んでくださいね。」 「わかりました。」  亜樹さんは、この商工観光課に配属されて今年で四年目になるらしい。千台市役所では、基本的に事務職は三年から五年で次の所属に異動になる。もし亜樹さんが来年異動になったら、亜樹さんの仕事を私が継いでいく可能性が高い。だからこそ、私に厳しくもしっかりと仕事を教えてくれているのだと思う。  多少なりとも信頼してくれているのかな、と思うと同時に大変そうな仕事に少し気が重くなる。間もなく始業のチャイムが鳴る。今日も程々に頑張ろう。

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