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酔っ払いども

「悪い遅くなった。」  襖を開けて、遅れていた一人が入ってきた。 「おつかれさま。」 「遅いぞー。健太郎。」  入ってきたのは、日下部健太郎(くさかべ けんたろう)。同期の一人だ。健太郎は、民間企業で二年働いた後で、千台市役所に転職してきた。年齢的には私の一つ上だ。 「仕事はいいのか?」 「とりあえず何とかしてきた。」 「さっすが、健太郎ちゃーん。これぞ同期の絆ってやつだね。」 「絆って確か元々の意味は、家畜なんかを縛り付ける紐のことだぞ。」 「宗一くん、そういう細かいことはどうでもいいのだよ。」  店員がおしぼりを持って来る。 「とりあえず生一つお願いします。」 「なにか食いたいものある?」 「じゃあ卵焼き。」 「お姉さん卵焼き一つ追加で!」  店員さんが去っていった。 「早苗に会うのは、久しぶりだな。」 「そうね。」  言葉短げに早苗が返す。え、何その感じ。 「さっき庁舎出るときに千裕と会ったけど、今日は仕事が片付かなそうで無理だってさ。また誘ってだと。」 「やっぱりそうか、連絡なかったから無理かなって気はしてたけど。」  みんなが千裕と呼ぶ神埼千裕(かんざき ちひろ)は、いつものメンバーのもう一人の女性だ。彼女は企画系の部署に居るので、いつも忙しそうにしている。企画系だけには行きたくない、そう宗一は、千裕の働き方を見ていていつも思っていた。 「企画系は大変そうだよなー。けど楽しそうだよなー。」  康太が気だるそうに、しかし羨ましそうに話す。企画系に言ったら康太は輝くだろう。適任だと私も思う。 「きっと企画には企画の大変さがあるだろうよ。」  健太郎がそう返したとき、店員がビールを持ってきた。 「では改めまして、我々同期の絆に、カンパーイ!」  康太の発言のレパートリーが減ってきた。大丈夫だろうか。飛ばしすぎているような気がする。康太以外は静かに乾杯をした。 「健太郎、最近の仕事の調子はどうよ。」 「相変わらず覚えることだらけで大変だな。けど文書法制課には優秀な人が多いから、困って質問しても、すぐ返ってくるから助かってる。」  健太郎の所属する文書法制課は、市役所の根幹となる公文書の管理などを主な業務としている。一年目から配属されることは珍しく、庁内でもあまり仕事のできない人は配属されない部署だ。役所の中枢であるがために、変な人は置けないということだろうか。 「確かに、あそこはエリートばかりだもんな。健太郎も出世ルートだよ、きっと。」 「出世に興味はないけどな。多分たまたまだよ。」  その後も私達は飲みながら、仕事の愚痴や、ここにいない同期の話で盛り上がった。健太郎が来たときは、どこか静かになった早苗も、お酒が進むに連れて勢いを取り戻したかのようによく喋っていた。康太は、途中から周りの静止も聞かずに、ビールから焼酎へと切り替えて飲み続けた。   時刻は午後八時五十分、康太は座布団を枕代わりに静かに寝ている。寝姿だけは大人しいようだ。 「そろそろ次の店行っちゃう?」  早苗が提案する。早苗は、そこまでお酒に強い方ではない。顔はすっかり赤くなってしまっているが、ちゃんとセーブできているのかフラフラしたりはしていない。 「行くのは良いけど、お前ら大丈夫か?特に宗一。」  健太郎は、お酒にとても強い。まさしく、ざるだ。今この中で、最も正常な判断をできるであろう人物である。 「うーん、かなりやばいかもしれない。」  座っている間は大丈夫だったのだが、さっきトイレに行こうと立ち上がって少し歩いた途端、急に酒が回ったのかクラっときた。トイレに入ったときは、思わず便座に座り込んでしまった。座ってしばらく動けなかったのだが、今はどうにか動ける状態だ。 「さすがに今日は、帰ろうかな。」 「ああ、そうしとけ。その方が良い。」  帰り際の雰囲気を感じ取ったのか、康太が起き上がった。 「康太、大丈夫か?」  健太郎が呼びかける。 「水……。」 「早苗、ボタン押して。」  早苗が呼び出しボタンを押した。やってきた店員にお冷を人数分お願いする。 「康太もこんなんだし、さすがに今日は解散するか?」 「さすがに早くない?うちはもうちょっと飲みたいけど。」 「けど宗一はダメそうだし、康太もこんなんだからな。」  店員がお冷を持ってくる。私もちゃんと飲んどいた方がよさそうだ。 「うちは別に、サシでも良いけど。」 「うーん、けど康太を放っとくのはな。宗一が、康太を送っていけるとは思えないし。」  康太は街中から、かなり離れた所に住んでいる。今の私では、送っていくことなど不可能だろう。無言で首を振る。 「よし!二軒目行くぞ!」  突然康太が叫んだ。 「あ、復活した。」  早苗が唖然としている。康太は、お冷を飲んだだけで復活宣言をしたようだ。本当かどうかは怪しいが、眠りにつく前よりは、視線も定まっているように見える。 「本当に大丈夫か、康太。無理そうなら俺が送ってくけど。」 「だいじょうぶい。康太さんはね、何度でも蘇るのよ。」  少し考えて健太郎が話す。 「放っとくのもあれだし、俺ももう少し飲みたいからな。それじゃあ三人で二軒目行こうか。だけど康太、お前は二軒目しばらくアルコール禁止な。」 「そんなルール飲めませーん。」  どうやら話をしながら康太は復活してきたようだ。早苗がどこかガッカリそうにしている気がしたけれど、気のせいだろう。なにしろ今の私は、見事に酔っ払いだ。  店の外に出ると、辺りは騒がしく金曜の夜を楽しんでいた。 「さっぶ。」  康太が普通のテンションで言う。夜の寒さに、康太の酔いも一気に覚め始めたようだ。 「それじゃあ俺はここで、さよならするよ。今日はありがとな。後は三人で楽しんで。」 「おう、気をつけてな。道中で寝るなよ。」 「寝たら二度と起きれない気がする。」 「タクシーで帰ったほうが良いんじゃない?」  早苗が、飲み屋街の出口で待ち構えている大量のタクシーを指差して言う。 「いやタクシー代もったいないし、今乗るとリバースする気がするし、酔い覚ましに歩いて帰るよ。」 「気をつけなね。」 「はいはい。」  三人とは、そこで別れた。康太が手をブンブンと振っていたが、当然のように無視して、健太郎と早苗に視線を合わせて手を振った。  夜風が気持ちいい。ここは青風通り。飲み屋街から少し離れている。青風通りにも、お酒を飲むことができる店はそこそこある。しかし飲み屋街のワチャワチャとした雰囲気とは違い、大人な感じの落ち着いたお店が多い。こういうところは、数度行ったことがあるけれど何か苦手だ。それに飲むときには、康太が居ることが多いので、アイツを連れて静かな店に入ることはできない。  まだこの通りの並木に、イルミネーションの準備はされていない。千台市の一大イベントであるイルミネーションに、自分が関わるなんて入庁前は微塵も考えてなかった。青風通りを、カップルがチラホラと歩いている。イルミネーションが始まれば、ここはカップルで溢れかえるだろう。  大学の頃だっただろうか、同じゼミだった彼女の居ないヤツが、クリスマスの日の青風通りを男一人で歩くという無謀なチャレンジをしていた。翌日会ったそいつは、ひどく落ち込みながら、こう言ってきた。 「宗一、知ってるか。クリスマスの日の青風通りには、カップルしかいねえんだ。みんな二人一組で歩いてやがる。俺が居たせいで、あの通りに居た人数は、奇数になっちまったよ。」  そんなことを言いながら、うなだれていた。懐かしいことを思い出したものだ。アイツは元気にしているだろうか。 (クリスマスか……。)  おそらく今年のクリスマスは、仕事だろう。メインのイルミネーションのクリスマスツリー絡みで、まず間違いなく仕事が入るだろう。特に気にすることはない。いつもどおり、何も変わること無いクリスマスを過ごすだけだろう。  そのとき、ふと白川さんのことを思い出した。何で今、白川さんのことを考えたのか、よくわからない。 (そういえば、白川神社って青風通りの端っこだったよな。だから思い出したのか。)  今は青風通りを西に向かって歩いている。家がその方向だからだ。このまま歩いて行けば、白川神社の前に辿り着くだろう。白川神社は、有名な神社のように広大ではないものの、そこそこ大きな神社である。しかし、宗一は一度も白川神社に行ったことが無かった (少し寄ってみるかな。)  これから仕事で絡む相手。その神社に一度も行ったことが無いというのも、地元民としてどうだろうと思い、宗一は白川神社に向かうことにした。 (酔い覚ましの散歩ってことで、賽銭でも投げて帰ろう。)  宗一の足は、ふらつきながらも軽やかに、白川神社へと進むのだった。

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