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色仕掛け

 宗一の頭は真っ白になる。男色と言ったか、この自称神様は。男色って言うと、あれか。男が男を好むってやつだよな。みんなは、恋愛成就の神様だとここの神様を認識していたようだけれど、とんだ勘違いだったようだ。しかし、何をどう間違ったら、恋愛成就の神様なんて呼ばれるのだろうか。 「おーい、まだ肉体は眠ってるはずだよね。僕の声は聞こえてる?」  あいつが話しかけてきているようだが、頭が混乱して反応できない。この自称神様が私に干渉している理由でもある、と言っていた。なぜ男色と私が結びつく?確かに私は童貞で、女性と付き合ったこともない。しかしそういった趣味はないはずだ。 「ああ、悪い、突拍子もないこと言われたもんだから固まっちまった。」 「そうだよねえ。無理もないと思うよ。」 「それでその男色の神様が、なんで私を眠らせて夢に干渉までしてきてるんだ?」 「え、なんでって、分かってないのかい?」 「知るかよ。何かの間違いじゃないのか。」 「うーん、どう説明すればちゃんと伝わるか自信はないんだけどねえ。」  そう言って自称、男色の神様は考え込む。 「そうだね、例え話を一つしようか。例えば、山や木に神が宿っていると考える人は現世にも多いと思うけど、これは納得できるかな。」 「まあ、そういう考えを持つ人がいても変だとは思わないな。木霊って言葉があるくらいだし。それに自然が相手だと、災害とかが怖くて畏敬の念を持ってる人は少なくないだろう。」  宗一も考え込む。 「けどそれと何か関係あるか?」 「じゃあね、道端のコンクリートブロックに神様が宿っていると思うかい?」 「うーん、万物に神が宿るって考え方はあるかもしれないけど、さすがにコンクリートブロックなんて人間が作ったものだろう。誰もそれに神様が宿ってるなんて、思わないんじゃないか?」 「そのとおり。山や木の神様は実際にいる。そして君の言うとおり、コンクリートブロックの神様はいない。もしかしたら僕が、会ったこと無いだけかもしれないけどね。」 「やっぱりそうなのか。」 「うん、じゃあ人間が作った仏様の銅像や木像には、何かが宿っていると思うかい?」 「それはさすがに、なにかしら宿っていると考えるのが、普通じゃないか。仏像を、何も考えずに捨てたりできるやつは、そうそういないだろう。」 「そうだね、実際そういった銅像や木像には、宿っている場合が多い。」 「あ、やっぱりそうなのか。」 「ここで聞くよ。同じ人間が、元々自然にあったものを加工して作った、という意味では同じ、コンクリートブロックには何も宿らず、木像とかには何かが宿っている。この違いはなんだろう。」 「違い?」  そう言われてみると、違いがわからない。夢の中な上に、私は今酔っぱらいのはずだ。頭なんて回らず、全く思いつかない。しばらく考えてみるが、何も浮かばない。 「降参。何が違うんだ?」 「正解はね、人に想われているかどうかってことだよ。現世の人が、何か宿っている、何か神様みたいなものがいると想う。ある意味、僕たちみたいな神様って呼ばれている者たちは、現世の人々の妄想の産物だと言っていい。逆に、人々から忘れられた神様は、やがて落ちぶれて、誰にも気づかれずに消滅していくんだ。」 「なるほどな、何だか筋が通っている気がする。」 「だろう?」 「けど、それとあんたが俺に干渉する理由に何の関係があるんだ。」 「宗一もさっき言っていたじゃないか。僕は恋愛成就の神様だと、現世の人たちに勘違いされている。これが何を意味するか分かるかい?」  宗一は、ハッと気づく。 「そうか、つまり多くの人があんたを恋愛成就の神様だと勘違いして、男色の神様であるあんた自身への信仰が、どんどんと薄まっているってことか。」 「正解。さすが宗一、理解が早くて助かるよ。まあ稀にいるんだけどね、一緒に来てる人にも内緒で、あの男性と結ばれたいと願う男性も。ただ少なすぎて、僕の力はだんだんと弱まっていると言っていい。」 「けど、それは自然の流れで、それであんたが消滅することになってもしょうがないんじゃないか?」 「そんな寂しいこと言うなよ、宗一。実を言うとだね、ここの神社の宮司を代々務めている白川家のことは知っているよね。」 「ああ、今の宮司の方とも今日が初めて会ったばかりだけど、一応知り合いだ。」 「君が生まれるはるか昔、まだこの地に、千台という名前すら無かったときに、白川家の先祖に助けられたことがあってね。」 「助けられたってなんだよ。一応、あんた神様なんだろう。」 「まあそこら辺はまた今度話すとしてだね、そのときにこの白川神社と白川家を見守っていくと約束をしてしまったんだよ。僕が消滅するとね、この白川神社は、荒れ果ててしまうからね。消滅するわけにはいかないのさ。」 「荒れ果てるって、そんなにあんた重要な存在なのか。」 「だって神様だもん。」  宗一は、唖然とする。だもん、なんていう神様がこの神社を支えていたとは。ただ宗一にとっても、白川さんが好きで務めているこの場所が、荒れ果てるということは好ましいことではない。 「事情は何となくわかった。正直まだ理解が追いついていないってのが本音だけどな。」 「ありがとう、そこで宗一に協力してほしいことがあるんだ。」 「協力?俺が何かできるとはとても思えないんだが。男色の人々を集めるってのも無理な話だしな。」 「さすがにそこまでは、僕も期待していないよ。それにもっと手っ取り早い方法がある。」 「なんだその裏技みたいのは。」 「簡単に言うとね、この本殿で男色に耽ってもらいたいんだ。」  開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。何を言っているのか理解するのに時間がかかる。 「それって、俺がってことか?」 「ご名答!」  自称神様がニコニコとこちらを見ている。 「いや、待て待て待て。確かに、私はこの神社が荒れないように協力するのは、別に構わない。けど他にもっと方法があるってもんだろ。」 「ところがどっこい、男色の人々を集めるか、この方法の二通りしかないんだよねえ。」  神様のくせして、遠い目をしている。 「第一、男色って言ったって相手が居ないじゃないか。いや、俺はしないけど。」 「利嗣君を知っていると言っていたよね。」  白川さんの下の名前を呼ばれる。心臓の鼓動が、夢の中なのに早くなった気がする。 「ああ、知ってるけど、それがどうした。」 「さっきも言ったけど、僕と白川家には深い縁があってね、他の現世の人達とは違った結びつきがあるんだ。簡単に言うと、僕は白川家の人なら、この神社の中に限ってだけど憑依して、その身体をコントロールすることができる。」 「それって白川さんを男色の相手にしようって言ってるように聞こえるんだけど。」 「宗一は、本当に察しが良いね。それにこれって僕にとってもメリットだけど、宗一にとっても悪い話ではないと想うんだけどなー。」  心臓の鼓動が更に早くなっている気がする。次にこいつが何ていうか、薄々分かっている気がする。しかし分からないと思っていたいのかもしれない。 「つまりどういうことだ?」 「まだ認めないのかい。強情なやつだなー。」  宗一は、言葉を返せない。 「宗一が、願ったことじゃないか。望んでいることを察して、それを叶えてくださいって。」 「私が望んでいることは、……。」 「うーん、君も薄々気づいているだろう?利嗣君と今日初めて会ったみたいだけど、君に触れる機会があったみたいだね。そのとき君はこう思ったはずだ。」 「「もっと触れてほしい。」」 「「もっと触れたい。」」  自称神様と、宗一は同時にそう言った。  そうだったのか、これが私の本音だったのか。白川さんに初めて会ったとき、つまずいて転んで声をかけてもらったとき、あのときには私はもう手遅れだったのだ。 「やっと自分でも、ハッキリと理解したみたいだね。」 「ああ、けど、やっぱり、……。」 「大丈夫。僕は神様だからね。大抵のことはどうにかなる。僕が憑依している間は、利嗣君の記憶は残らない。利嗣君から僕が離れるときに、離れる前と不自然にならないように記憶を操作することもできる。」  宗一は、黙り込む。 「僕は利嗣君に憑依して、宗一と男色に耽る。そして力を取り戻して、この神社を今までどおり維持する。宗一は、利嗣君の身体に好きなだけ触れることができる。ただし僕も宗一の全てを、触らせてもらうけどね。そして利嗣君は、そういったことが行われていると知らぬまま、好んでいる宮司の仕事を続けることができる。もちろん利嗣君の身体には、変化が生じないように配慮するよ。ほら皆、幸せじゃないか。」  頭の中を、自称神様の行ったことがグルグルと駆け巡る。なんて言えば良いのか、わからない。 「さすがの宗一もパニックみたいだね。」  ニコニコしながら、自称神様が続ける。 「じゃあこうしよう。今、宗一の身体は、本殿の中に眠っている。起きたらすぐ動けるように、酔いも覚ましといてあげよう。扉は開いているから、僕の提案が嫌ならそこから出て行って構わないよ。十分後に、僕が利嗣君の身体に憑依して、本殿に現れるから、それまでに決めてくれないかな。僕はね、宗一なら残ってくれると信じているよ。」  こいつは本当に神様なのだろうか。悪魔か何かではないのか。 「それじゃあ、また後で。」  そう言って、自称神様は手を、パンと音を立てて合わせた。  気づくと宗一は、見慣れぬ建物の中に居た。

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