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第9話
side一縷
蒼のお父さんの会社でバイトを始めて1ヵ月が経過した。
だいぶバイトにも慣れてきた。
バイト内容は、お茶くみ、コピー、各部署から上がってくる物品補充などである。
本当に簡単な雑務である。
だけど、階数がかなりあるので、フロアの移動だけでもすごく大変だ。
今日は企画部の会議があるので、会議室の準備を蒼と二人でやっている最中だ。
俺はコピーしておいた資料の配置を、蒼はお茶とコップを分担した。
『ガチャン』
割れる音がして、蒼へ目を向けると、一つコップが割れていた。
「驚かせてごめんね、いち。今片付けるから」
蒼は割れた破片を片付けていた時だった。
「痛っ」
再び蒼へ目を向けると、右人差し指を破片で切っていて、血が出ていた。
それを見た瞬間、俺の中の血が騒ぎ始めた。
ただ蒼の血を見ただけなのに、体中の血が沸騰したみたいに熱くなって、無意識に蒼の方に歩み寄っていた。
「いち、顔赤いし、息上がっているけど、大丈夫?」
蒼から声をかけられるまで自分の状態を把握できていなかった。
こんなことは初めてだった。
「ごめん。何かこの部屋暑いな。ちょっと空調の温度変えてもらってくるな」
明らかに自分の様子がおかしい。
蒼の近くにいたら、蒼に危害を及ぼしてしまいそうで怖かった。
だから空調の温度調整という口実で蒼から離れた。
自分の体で今起こったことは何だったのか全然分からないから余計に怖かった。
まだバイト中である。
勝手に持ち場を離れて、仕事を放棄するわけにはいかなかった。
トイレで顔を洗って頭を冷し、5分ほどで会議室に戻った。
蒼は切った人差し指にかわいらしい絆創膏を貼って、会議室の準備をしていた。
「いち、もう大丈夫?」
やっぱり蒼は俺の様子に気付いていた。
さすがに隠しきれないと思い、「もう大丈夫だ。心配かけてごめんな」と謝罪した。
「大丈夫ならよかった。早く準備終わらせちゃおう」
蒼は持ち前の明るさで場の雰囲気を和ませてくれた。
蒼に気を使わせるなんて...。
情けない自分に落ち込みながらも、会議室の準備を終わらせた。
バイトを始めて3ヵ月。
やっと軍資金が貯まった。
判定には遺伝子情報が必要で、血液でも唾液でも遺伝子情報が含まれる物なら何でもよかった。
俺たちは頬の内側の口腔内粘膜を提出した。
血液の場合、俺も蒼も痛いのは嫌いなので却下。
唾液の場合、蒼の唾液は俺が欲しいくらいなのに、判定とはいえ差し出すことは躊躇われた。
なので、かなり譲歩した結果が頬の内側の口腔内粘膜なのだ。
提出して2週間後判定結果が送られてきた。
再び蒼の家で両家一家勢揃いし、結果の封筒を開けた。
結論から言って、俺がαで、蒼がΩだった。
予想した通りだった。
俺は結果が出るまでの2週間で調べられることは調べた。
俺たちみたいにβ判定からα又はΩに判定が覆ることがあるようだ。ごく稀に発生するらしい。あまり症例として発表されていないので細かいところまでは分からなかった。
結果に俺は納得したが、蒼はそうではなかったようだ。
真っ青な顔をして固まっている。
余程ショックだったみたいだ。
蒼のご両親に「すみません、あおと二人で話させてください」と断りを入れ、蒼の部屋へ二人で行った。
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