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第2話

* 「はあ〜、今日一日なんとか乗り切った……」 最後の客を見送り、本日の営業を全て終えた志葉は張り詰めた糸が切れるかのようにずるずるとその場にしゃがみ込んだ。 「すごい賑わいだったね。いつもこんな感じなの?」 水が入ったグラスを差し出しながら、亘が驚きを隠せないといったような表情で尋ねてくる。 確かに今日はいつも以上に店内は賑やかだった。オープン前にかなりドタバタしてしまったこともあるのだろうが、忙しいと感じたのはなにもそのせいだけではない。実際ここ数日で客の入りは今日が1番多かった。 「今日は間違いなく亘くんがいたからだよ。常連のお客さん、みんな面白がって知り合い呼んじゃってさ、いちいち相手するの大変だったでしょ?」 「全然!俺、人と関わるの結構好きだし」 あの後、宣言通り今の今までみっちり働いてくれた亘はその人好きする性格からか、客からの好感度が妙に高かった。苺谷ももちろんコミュニケーション能力には長けているけれど、亘の場合はその一生懸命さに惹かれるのだろう。 突然渡した予備のバーテン服をしっかり着こなし、笑顔で対応する亘の姿は贔屓目抜きにしても素晴らしかった。 「本当にまあ、こんなに立派になっちゃって」 自分を追いかけて楽しそうに走っていた頃とは比べ物にならないくらい大きくなった亘に、少しだけ寂しさを感じた。 「さて、と」 時の流れに若干の恐怖を覚えつつも、志葉はよいしょ、と腰を上げた。 営業が終了したからと言っても、全ての仕事が終わったわけではない。志葉にはまだまだやることが残されている。 「もうこんな時間だし亘くんは帰って休みな?苺谷さんももうすぐ帰ってくるだろうしあとは大丈夫だから。」 時刻は既に2時を指していた。いくら休日だからと言って、学生をここまで付き合わせるわけにはいかない。 飲み過ぎて酔っ払った常連の客を送ってくると苺谷が店を出てから、すでに数十分は経っている。幸い、もうすぐ帰ってくる頃合いだ。 苺谷はおそらくタクシーがくるまでずっと客の側についていてあげているのだろう。そういった細やかな気配りができるのは、あのポンコツの唯一の長所である。 「今日は本当に助かったよ。ありがとう、亘くん。」 にっこりと微笑み、肩を軽く叩いてそういうと、亘はどこか切なげな表情を浮かべた。 「俺はまだ、初眞にいちゃんにとっては子供のままですか……?」 「え……」 思いつめた表情で、ぼそりと亘が呟いた。明らかに先ほどまでとは空気が変わり、志葉を捉えた瞳にあやしげな熱が宿る。その目に見つめられた志葉は、まるで金縛りにあったかのように動けなくなった。 何かおかしい。しかし、そう思った時にはもう遅かった。 「ど、どうしたの?なんか…ん、っ!」 苦笑いしながら続けようと思った言葉が、突然喉奥に押し戻された。 志葉の頭はそのことを、すぐに理解することができなかった。 目前に、綺麗に整った亘の顔が1つ。 微かに香る、汗と柔軟剤の匂い。 志葉の唇を塞ぐかのように重ねられた、柔らかな唇。 間違いない。 今、自分は10も歳下の亘にキスをされているのだ。 理解した瞬間、志葉の身体は意思とは反して、反射的に亘を押し返していた。 「……わ、亘くん…?ど、どうしたの?なんの冗談?」 ほんの数秒、触れるだけのキスではあったものの、突然弟のように思っていた存在にそんなことをされてしまえば当然驚く。 「本当はこんなことしたくないけど、もう我慢できないんだ……。ごめんね」 亘がぼそりと呟いた。 一体何についての謝罪なのかと尋ねようとした口が、再び亘に奪われる。 今度は触れるだけなんて易しいものでなく、もっと深く、情欲を駆り立てられるような甘く激しいキスだった。 「んっ、ふぅ…!」 亘の右手にがっちりと後頭部を抑えられ、唇を交えたまま決して逃れられないように壁際へと押しやられる。 どん、と壁に背中がぶつかり、完全に逃げ場がなくなった身体は危険信号を出していた。 なにがどうなっているんだ。 尋ねようと口を開いたその一瞬を逃さず、亘の舌が歯列を割って入り込む。そのまま慣れたように志葉の舌を捕らえると、続けざまにぢゅっと優しく吸いつかれた。 瞬間、背筋に甘い痺れが駆け巡る。 「ふっ、ぁ…あ」 思わず鼻に抜ける声が漏れ出て、久々に身体が火照ってくるのを感じた。痺れるほど甘く嬲られた舌先が細かく震える。 頭がぼーっとしてくる中、なんとか抵抗しようと暴れてみても、自分より大きな男に押さえ込まれていてはどうすることもできない。 なおも唇を奪われたまま、亘は器用に片方の手だけでボタンを外し、あっという間に志葉の着ていたベストやシャツを脱がせていく。 「んんっ、ん……!」 やめろと睨みを利かせてみても亘は愛おしそうに見つめるだけで、結局志葉が解放されたのは苦しさで涙がこみ上げた時だった。 「はぁ…っ、ん、ぁ、は……!」 ようやく離れた口は酸素を求め荒い呼吸を繰り返す。ぜえぜえ肩で息をし、放心状態になってしまった志葉をいいことに、亘はさらけ出された細やかな素肌に優しく触れた。 「初眞にいちゃんの肌、すごく綺麗……」 首筋から下腹部へとゆっくり撫で降ろされる感覚に、腹筋が小さく震えた。 まだ呼吸が整っていない志葉には抵抗することなどどうしてもできなくて、ただされるがままの状態が続く。 「ッ、ぁ…あ!」 亘の手が膨らみかけたそこに触れた時、志葉の口からは想像もしていなかったような甘い声が漏れ出た。 ここ数年もう随分とそういったことから離れていたせいか、久々の他人の手の感覚に身体はいつも以上に過剰に反応してしまう。 このままではいけない。なんとかしなくては。 志葉が本気で思ったその時だった。 「あれ、志葉ちゃん何やって……って、あらら〜?」 裏口の方からコツコツと足音が聞こえてくるのと同時に、聞き慣れた声が志葉の耳に入った。 目前に現れた男の姿に志葉の身体が固まる。 「い、苺谷さん!」 そこにいたのは紛れもなく、この店の店長、苺谷雄人だった。 助かった。いつもはてんでダメな苺谷ではあるが、今日ほど彼が頼もしく思えた日はない。 安堵の表情を浮かべながら、志葉が助けを求め口を開こうとした瞬間だった。 「もう〜、2人だけで盛り上がるなんてひどいなぁ。俺も混ぜてよ」 ニヤニヤといつものような下品な笑みを浮かべた苺谷の口から、とんでもない言葉が飛び出た。 「は……?」 この男は今、なんと言った。 職場で歳下の男に身体を弄られている部下を見て、常識のある大人だったら絶対にそんなことを言うはずがない。普通だったすぐさま駆け寄り助けてくれるはずだ。 と、そこで、志葉はある重要な事実に気づいた。 「いやぁ参ったなぁ。志葉ちゃんのヤラシイ姿見ちゃったら俺も興奮してきちゃった。おっきしちゃったそれ、お兄さんがすぐイかせてあげるからね」 目の前の男は、常識人とはかけ離れた異常人、日本とは程遠い惑星からやってきた大エロ魔人だったということにーー 「こ、このエロオヤジっ……!普通助けるでしょう何混ざろうとしてるんですか!?わ、亘くんも止めるの手伝って!」 両手を志葉に向け、ひと昔前のおっさんがよくやるような胸を揉む仕草をしながら、じわじわとエロ魔人が間合いを詰めてきた。その距離わずか1メートル。 更なる身の危険を感じ、志葉は今自分が犯されそうになっていることも忘れて最後の望みを亘に託した。が、しかし。 「な、何言ってるんですか!初眞にいちゃんをイかせるのは俺です。なんなら勝負しますか?」 「亘くーん!?」 亘は志葉の渾身の願いを、これでもかというくらい無残に一刀両断した。 「おあずけしてごめんね、初眞にいちゃん。今触ってあげるから」 それどころか、亘はまたうっとりとした表情を浮かべ、志葉に触れようと手を伸ばした。 違う、そうじゃない、どうしてここには常識が通じる人が1人もいないんだ。もうこの際誰でもいいから普通の人間を連れてきてくれ。 しかしどれだけ志葉が願っても、閉店後の店に現れる者などもちろんいるわけもなく。 「いいねぇ。その勝負乗ったよ。お兄さんが天国見せてあげるからね、志葉ちゃん」 「初眞にいちゃん、俺に全部任せて?絶対こんなおじさんより良くさせるから」 「ひっ……」 自分よりも大柄な男2人に囲まれ、志葉は完全に逃げ場を失った。

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