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第2話

「はよ、ホモ(ちか)」  半径一メートルは無人空間という教室の孤島に、見えない大海を飛び越えて、ずかずかと侵入してくる者があった。その声はむき出しのナイフのように、鋭く冷たい。 「はは、相変わらずお前バイ菌みたいに距離とられてんのな」  あからさまに見下した物言いが癇に障る。柊馬は無視を決め込んだ。どうせ何を話しても言葉を曲解され、「ホモだもんな」の一言で面白おかしく締めくくられるのだ。  だったら会話なんかなくていい。見たいように見て、事実とは無関係の捏造話を、あたかも真実のように話せばいい。わかってもらおうなどと期待をして、バカなやつらに労力と時間を割くなんて、それこそバカのやることだ。  声をかけられながら、ちらりとも視線を動かそうとしない態度に、苛立つ気配がした。 「おい、何シカトしてんだよ」  ガン、と軽く机の足を蹴り、ズボンのポケットに両手を突っ込んだ少年が見下ろしてくる。思わず目を眇め、睨めつけるように視線を上げた。 「なに?」  目が合うと、片方の口角だけくいっと上げて、入江有伎(いりえゆうぎ)が生意気そうな表情で笑う。それが様になるのだから、柊馬にとっては不本意極まりない。  彼は生まれつき色素の薄い毛髪の下からブラウンベージュのインナーカラーをのぞかせ、耳朶にはいくつもの穴を開けている。わずかにつり上がった猫目には、かわいらしさと色香が同居していた。やや自己主張の激しい容姿だが、中身がアレでなければ好感を持てるくらいには美形だ。

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