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それから毎日、決まって深夜一時過ぎ。
その男は高そうなスーツに高そうなマフラー。
おまけに高そうなカバンと靴を身につけて、この場違いなコンビニへ乗り込んできた。
ニコニコ笑って他の客がいなくなるのを待ってからレジへと向かってくる。
「ね!君の名前は?」
「いや、ちょっと個人情報なんで。」
「伊川って言うんだ!下の名前は?」
「…いや、だから。」
「下の名前は?」
有無を言わさない笑顔。
顔だけは無駄に良いこの男が俺はとにかく苦手だ。
見た目はどっかのモデルか、と思ったが本人によるとでかい財閥のお坊ちゃんらしい。
今は親の取引でこっちに来てるがすぐに住んでる国に帰るとかなんとか。
夜来る度にそんなプロフィールを話してくるせいで、この男の大半は知ってしまったけれど未だに俺は名前すら名乗ってない。
「榎本さん暇なんですか。」
「暇も暇だよ。父さんは仕事してるけど、僕は日本観光だけだからね。そこで出会ったのが君ってわけ。」
「…いい玩具にされてるのでは。」
「その通り!君、人間っぽくて好きだよ。」
榎本さんはそう言ってケラケラ笑うと客のいない店内を走り回る。
お金持ちには日本のコンビニが珍しいらしくて。
それはいいけど、いいんだけど。
「ねぇ、これ何?箱?」
「カップ麺…って、開けるな!!絶対開けるなよ!」
「オープン!」
「…128円になります。」
「安い!これ食べ物?作って作って!」
やりたい放題、自己中行動。
俺はレジバイトにきてるのかこの人の子守に来てるのか正直わからない。
何が楽しいのか毎日ケラケラ笑って俺は振り回されてばっかりだ。
「ね、下の名前教えてよ。教えてくれたら僕、言うこと聞くよ?」
「本当ですか?あんた、信ぴょう性ないからな。」
「酷いな。ほんとほんと、仲良い人のことは下の名前で呼びたいんだ。」
受け取ったカップ麺にお湯を入れながらため息をつく。
まぁ、名前くらい。
言ったって何も起こらないか。
「柚です。伊川 柚。」
「柚か、美味しそうだね。僕の事も名前で呼んでいいんだよ?」
「メリットありますか、それ。」
「僕が凄く嬉しい!」
お箸片手にそう言ってめちゃくちゃに笑う。
成人男性に喜ばれても微塵も嬉しくないんだが。
これがもし、可愛い女の子だったら俺だってそれなりにやる気を出すっていうのに。
「また明日も来るね。」
そう言って手を振りながら帰る後ろ姿にさっさと帰れ、と悪態をつきため息を吐き出す。
あぁ。
こういう男が一番苦手だ。
レジの中で壁にもたれ誰もいない店内を見渡す。
おにぎりの広告の音、聞き飽きた有線の音楽。
あの男さえいなれけば今日もいつもの日常なのに。
そんな事を思いながらふと時計へ目をやる。
いつの間にか経っていた1時間と30分。
楽しい時間はすぐにすぎると言うけれど
「…面倒な時間もすぐに過ぎる、か。」
なんて呟き、何度目かわからないため息をついた。
「柚はなんでこんな時間に働いてるの?」
「時給がいいからです。」
「…柚はお金に困ってるのか。」
「少なくとも、あんたよりは困ってると思いますけど。」
角の折れた箱に割引シールを貼りながら、隣で携帯をいじる榎本さんと世間話をする。
面倒、とはいえ一人のバイト中にこうやって話し相手がいるのは少しいいかもしれない。
最近は前みたいにしっちゃかめっちゃかする事も無いし。
「今度、遊びに行こうよ。僕、柚とここ以外で会いたいな。」
「なんで俺があんたと遊びに行かなきゃなんないんですか。というかホンット暇ですね。」
「暇も暇だよ。やる事なんにもないからね。ね、どこ遊びに行きたい?僕はね。柚の家に行きたいな。」
「駄目です。ビックリするくらい狭いんで。」
「いいよ。柚のこと知りたいだけだから。」
榎本さんが無邪気に笑った。
なんだろうな。
友達、とは少し違う。
友達になる前の少しドギマギした関係なのかもしれない。
そもそも、店員と客がどうしてここまで話して仲良くなってしまったのか。
なんて今更少し遅い気もするけれど。
「次のお休みの日はいつ?」
「明後日ですけど。…いや、まじで会うんですか?」
「もちろん!それじゃ、明後日のお昼の2時。このお店の前で会おうね。」
「いや、ちょっと…!」
「それじゃまた明日。」
俺の返事を待たずに出て行く後ろ姿に声をかけるが、無視。
……なんなんだよ。本当。
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