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シフトの交代の時間。
代わりに来た大学生が眠そうに欠伸をする。
「伊川さん、おはよーございます。」
「おはよ。」
いつも通り交代しようとレジを出ると、大学生がふと思い出したように俺の服を引いた。
振り返って首を傾げるとニヤニヤと笑い出す。
「こないだ、伊川さん休みの時にめっちゃセレブ来たんですよ。それで店の中歩きながらそわそわしてるかどうしたんすか?って声かけたら『柚は?』って言ってましたよ!」
「ぁ"ーー…、心当たりある。」
「まじっすか!めっちゃ残念そうな顔してそのまま帰ったんですけど、どっかで見たことあんなぁって。それで後から思い出したんですけど…あれ榎本望ですよ!やばくないですか!?」
「え。あいつそんな有名な奴なのか?」
大興奮の大学生に驚いて聞き返す。
金持ちってことは知ってたが、そういうのに疎い俺にはよく分からない。
そこらの学生が知ってるレベルの富豪ってどんなレベルなんだよ。
「ちょー有名ですよ。少し前、孤独の御曹司ーって話題になりましたしね。」
「孤独の御曹司…?」
「イケメンで女にモテそうなのに、あの人、ゲイなんですって。男好き!めっちゃ面白くないですか?
だから俺、伊川さん狙われてんのかなーって思ってたんですけど。」
「ね"、…!?」
大学生はゲラゲラ笑いながら俺の肩をバンバンと叩いた。
孤独の御曹司にゲイ、とかそんな話知らずに話してた。
…まさか、俺の事そういう目で見てたとかそんな訳。
「無いに決まってんだろ…!そもそも俺、…」
俺なんか好きになるわけない、という言葉を遮るようにチャイムがなる。
客足も徐々に増える時間だ。
大学生はまだ半笑いのまま「ま、頑張ってくださいよ」なんて言ってレジへ出て行ってしまう。
……知らない方が良かった。
家に帰って布団の中。
ふと、朝の大学生との会話を思い出す。
孤独の御曹司、なんてフレーズが何故か忘れられない。
携帯を手に取りなんとなく検索欄にあの人の名前を打ち込んだ。
「榎本望、26歳……孤独の御曹司、誰にも愛されない男を愛す男……?」
ネットの情報なんてあてにならない。
とはいえ、毎日のように会いに来る男を語る記事に俺はクギ付けになった。
男を好きだと知ったのは高校生の頃。
家柄と恋愛対象のせいでいじめに合う。
メディアに追われる日々。
人前で笑わない。
母親に見捨てられ、父親には長男にも関わらず現時点で相続を拒否されている。
……あの姿からは想像出来ない。
記事の最後には、40秒程度の短い動画が貼り付けられていた。
"榎本 望の悲痛な叫び"と題された動画。
『僕を嫌ったって構わない、愛されない事はもう慣れたからいいんです。
でも、何も知らないのに嫌わないで。
僕はみんなと同じように人を愛したいだけなんです。』
ぞわりと鳥肌が立つ。
なんだ、これ。
何なんだよ、これ。
暫く携帯を見たまま動けなかった。
俺の知ってるあの人じゃない。
まるで、別人みたいだった。
枕に顔を押し付け唸る。
明日の待ち合わせ。
あの人はきっと、俺は何も知らないと思ってくるだろう。
それからいつも通りに笑って。
俺はいつも通りに接することが出来るだろうか。
あの人が俺を恋愛対象として見ていないとしても、どこかそういう目で見てしまうんじゃないだろうか。
でもそれじゃ、俺は結局あの人を傷つけた大多数と一緒になる。
「あーくそ、…どうすんだよ。」
本当かもわからないネットの記事に左右されてる時点で、俺もあの人を軽蔑してる人の一人でしかないのかもしれない。
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