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【弐】

 先読みの力――これが俺が幻狗に与えられたものだ。だが、この力は自身には使えない。  だから……俺と幻狗のこれからは分からない。 「皮肉なもんだな……」  そう呟いた時、拝殿の奥から微かな鈴の音が聞こえてきた。  俺を待ちわびて、痺れをきらした幻狗が鳴らしているものだ。 「――ったく。ちょっとは我慢ってものを覚えろよ」  毒を吐きながら拝殿の奥へと足を進めると、幣殿を抜けて本殿の扉の前で足を止める。  ここに足を踏み入れることが出来るのは父と俺だけだ。  本来であれば宮司である父だけが許される神聖な場所であり、ジーンズにスウェットパーカーなどという格好で入れる場所ではない。 「天将(てんしょう)弦地(げんち)!俺だけど…」  白木の扉の前で声を上げると、ゆっくりと扉が開かれていく。  正面に掲げられた丸鏡を見てから、左右に控える青年たちを見やる。 「――昊貴様、幻狗様がお待ちです」 「分かってるよ。早く来いって鈴鳴らしたろ?」  勇敢な体つきの青年は片膝をついたまま頭を下げている。 「ええ…。新年を迎えて幻狗様も早くあなたにお会いしたいのでしょう」 「何が早くだ…。つい数日前にガッツリやったクセに……。おかげで次の日は腰が立たなくなったんだぞ」 「お察しいたします……」 「分かってんなら、お前らも何とか言えよ!あのエロ狗神……」  吐き捨てるように言うと、少し焦ったように彼らが息を呑んだ。 「そのような事を……っ」 「ご伴侶でいらっしゃいますよっ」  よく似た二人は双子の神使で普段は大きな黒い狗の姿で、この本殿の結界を強化して守る、いわば門番の役目を果たしている。  最初は見分けがつかなかったが、何度か足を運ぶうちに分かるようになった。  黒い毛先に少しだけ白が入っている方が兄の天将で、朱が入っている方が弟の弦地だ。  大昔から幻狗の眷属として仕えているようだが、まさか主の伴侶がこんな口の悪い高校生だとは予想すらしていなかっただろう。 「伴侶だから言えるんだよ……」  ふうっと息を吐きながら再び鏡を見ると、今度はハッキリと鈴の音が聞こえてきた。 「はいはい……」  両手を広げて、不安げな彼らに見送られるように、御神体が祀られている祭壇に足を向けた。  新年ということで特注で作らせたしめ縄をくぐり、ゆっくりとその名を呟く。 「幻狗……」  俺の言葉に反応するかのように、鏡が置かれた祭壇の奥に白木の扉が現れた。  静寂が広がる本殿に扉が軋む音が響いた。  ここからは神の領域――。  俺がここをくぐれるようになったのは幻狗の力を得たからだ。 「――ここは頼んだよ。天将、弦地」 「御意……」  俺の言葉を合図に本殿の扉は閉められ、外界との繋がりを完全に断たれる。  体を縛りつけるような空気の縄は、幻狗が俺を束縛する意味を持つ。 (心地いい……)  薄暗い廊下を歩き、まるで平安時代に実在した屋敷そのままの庭園を横目に奥の間へと進んでいくと、廊下には数人の神使が片膝をついて並んでいた。 「昊貴様に新年のご挨拶を……」 「幻狗は?」 「奥の寝所におられます。今宵は姫始めの儀でございます。ここでお着替えを…」  童貞の俺がこの場所で、この言葉を聞くことになるとは……。  だけど、もう幻狗以外の者と繋がることは許されない。神の伴侶になる身でそんなことをした日には、幻狗の怒りを買い、この土地がどうなるか分からない。  俺の役目は彼の暴走を抑え込み、穏やかにここを守らせることにある。  それに、彼と繋がってからは他の者に欲情することがなくなった。健康な高校生であるにも関わらず、巨乳のグラビア雑誌を見てもAVを見ても、俺の下半身は全く反応しないのだ。  元来ノンケであったはずの体は、完全に彼に作り替えられてしまったようだ。  神使の言葉に頷くと、廊下のすぐ脇にあった座敷へと案内される。  そこには純白の着物が掛けられており、全体に小葵の紋様が施されている。どこかで見たことがあるものだと首を傾げていると、背後にいた神使が小声で言った。 「昊貴様の御父上様からの献上品で仕立てました」  それを聞いてやっと納得がいく。以前、幣殿に運んだ供物の中に絹の反物が数本あったことを思い出したのだ。  こんなものを幻狗に献上したところで何に使うのだろうと疑問に思ったものだ。  それが今、自分が袖を通そうとしている着物に変わるとは……。 「新年の大切な儀式でございます。先読みの御力を持つ昊貴様が身に着けることを許されるもの……」 「これって、一年前もやったよね?あんまり思い出したくないけど……」  ちょうど一年前の一月二日にも同じ儀式を行ったが、俺としては苦痛でしかなかった記憶しかない。  全身を幻狗に噛まれ、血塗れになりながら貫かれたなんて、今思い出しても寒気がする。  だが、何かと儀式を重んじる神の世界では拒否権は認められない。  それが幻狗の伴侶である俺であっても――だ。 「――どうか御心を鎮めてください。幻狗様とて儀式故にあなたの体を傷付けるのですから心苦しいのですよ」 「そうかな?俺には楽しんでいるようにしか見えなかったけど…。ホント、鬼畜だよな」  着物に袖を通し、幅の細い帯を巻く。まるで死装束のような格好は正直好きじゃない。  それでも繊細な紋様が織り込まれているだけマシだと思うことにする。  白足袋を履き襟元を直すと、廊下に面した木戸が開けられる。 「寝所でお待ちです……」 「――あ……っと、湯の用意しといてくれないか?終わり次第、幻狗と入るから……」 「分かりました」  深々と頭を下げて見送る彼らを振り返ることなく、どかどかと廊下を進んでいくと、御簾に囲まれた暗い部屋にたどり着く。 「幻狗?」  暗闇の中に愛しい男の気配を感じて声をかけると、御簾がするすると音もなく巻き上げられた。  それを合図に一段上がった畳敷きの間に足を踏み入れると同時に御簾も下りていく。  そっと身を屈め畳に両膝をつくと、ふわりと甘い香りに目を細めた。  暗闇の中でもはっきり見える。肘掛けに身を預けるようにして座る幻狗の姿にほうっっと息を吐く。 「――いつまで待たせる気だ?今宵は大切な儀式の日ぞ」  端正な顔立ちを縁取る癖のある長い黒髪を払いながら、唇の端を意地悪く歪める。 「俺だっていろいろあるんだよ……。今日はやけに屋敷の中がざわついているな?それに神使も多い」 「民の願いを聞き入れるには我一人では到底無理だ」 「正月の巫女のバイトみたいだな」  耳を澄ますと、目には見えないが何かの気配がひっきりなしに動いているのを感じることが出来る。 「落ち着かぬか?」 「――ちょっとね。誰かに見られてるとか聞かれてるって思うと気が散る」 「そうか……。お前がそういうのであれば少しの間黙らせるか」 「いいよ…。初詣に来てくれた人たちの願いを無駄に出来ないだろ?俺はそれをお前に叶えさせるためにいるんだから」  気にはなったが、この際仕方がないと腹を括る。  ゆったりとした動きで身を起こした幻狗は、俺の前に膝を進めると頬に手を添えて唇を重ねた。  冷たい唇――。  わずかに開いた唇の隙間から忍んで来る舌を迎えるように、自らの舌を絡ませた。 「――っんふ」  白地に輪無唐草の紋様が施された狩衣は祭事用のものだ。今日という日は幻狗にとっても大切な日なのだということがうかがえる。  互いの唇に銀糸が引き、そっと離れる舌先を追いかけるように俺は首を少しだけ傾けた。 「幻狗……今日ぐらいは優しくしてくれるんだろ?」 「善処しよう……。だが年初めの儀式だ、保証は出来ない」 「数日前にお前が出したモノ、まだこの中に残ってるんだぞ?何度掻き出しても溢れてくる……。まずはこれを何とかしろよ」  下腹をそっと擦って恨めしそうに睨みつけると、幻狗は嬉しそうに口元を綻ばせた。 「――孕むかもな」 「バカ言え。まだ輿入れもしてないのに孕まされてたまるかっ」 「我の力を甘く見るな。お前ももう、その体になったら分かるだろう?狗は子孫を確実に残すために、孕むまで種を注ぐ。我の種を受け入れればお前の力は高まり、体は自然と神に近づいていく。輿入れをせずとも子を成す体になっていく…」 「嘘だろ……?俺、大学行くつもりでいるんだけど…。今年、受験だし……」  上目遣いで睨みつけると、いつものように余裕気に微笑み返される。彼には何を言っても通用しない。  神ゆえに自分を中心に物事を考えるフシがある。それでも初めて会った頃に比べたらだいぶ譲歩するようにはなってきた。  俺のワガママだけは聞き入れてくれるだけマシとしよう。 「――湯の用意を頼んだから、終わったら……一緒にな?」  嬉しそうに唇を綻ばせて頷いた彼は、俺の手をそっと握りながら立ち上らせると、奥の部屋の御簾を手で押し上げて布団が敷かれた座敷へとエスコートしてくれる。  この辺りは実に紳士的だが、これから行われる儀式の事を考えると気持ちが滅入る。  俺は先に布団に腰を下ろすと、狩衣と袴を脱ぎ落とす幻狗を黙って見つめていた。  彼もまた白い着物に身を包み、優雅に裾を捌きながら俺のすぐ隣に膝をつくとそっと抱きしめた。  ほのかに香る甘い香りは、着物に香を焚き染めているせいだろう。 「昊貴……」  背中に回した手が帯の結び目を解くと、シュルリと引き抜かれる。  着物の下には何も身に着けていない。合わせ目がはだけ、俺の白い肌が薄闇に浮かび上がった。  幻狗は「ほぅ…」と短いため息をついて、その着物を肩から下げていく。  父の献上した反物で作った着物は布団の上に広げられていく。  その上に全裸の俺が横たわると、幻狗も自身の帯を解き、その鍛えられた肉体を惜しげもなく晒した。 「――痛くするなよ」 「保証は出来ん……。だが一年前よりはお前の力も強まっている。少しは楽になるはずだ」 「それって、神に近づいているってことだろ?」 「そうとも言う。だが完全なものではない……」  長い黒髪を払いのけながら、俺の上に重なっていく。  腿にはすでに力を持ち始めている幻狗の長大な楔が当たっている。到底人間とは比較できない硬度と太さ、長さを誇る楔の根元には亀頭球という狗独特のコブが備わっている。  俺の髪を撫でながら唇を重ねていく。互いの舌が絡み合い、静かな座敷に小さく水音が響いた。  唇を啄まれながら、低い声で囁かれる。 「そろそろ……いいか?」 「さっさとしろっ」  すでに息が上がり始めているのを誤魔化すようにぶっきら棒に答えると、幻狗は首筋に顔を埋めた。  耳元には激しい息遣いが聞こえてくる。それはもう人間のものではなかった。  ガリッ! 「んあぁっ!」  首筋に思い切り牙を立てられ、思わず声が上がる。  ドクドクと溢れ出した血は体の下に敷かれた着物へと流れ落ちていく。じわじわと広がっていく赤い染みが冷やされていくのが気持ち悪い。  しかし、首筋の傷はそのままに幻狗は体を下方にずらすと、今度は脇腹に牙を立てた。 「ふあぁぁ!」  内臓まで食い破られるのではないかと思うほど、鋭い牙で抉られた傷は血を溢れさせた。  そのあとも間髪入れずに腿の内側、足首へと移動しながら牙を穿っていく幻狗の動きに俺は敷布を掴んだまま次々と襲う痛みに顔を歪めていた。  俺の体から流れだした血は純白の着物を朱色に染めていく。  強烈な血臭が漂うなか、幻狗は嬉々として俺の胸の突起に舌先を這わせていた。 「はぁ……んっ、そこ…ばっか…り、よせ…っ」 「いい香りだ……。お前の血は美酒よりも我を酔わせる」  大きな手が突起を摘み上げ、全身に走る痛みとはまた違った甘い痛みに腰を浮かせる。  普通の人間であればこれだけ出血量が多ければ意識はもう失っていてもおかしくない。  着物はぐっしょりと濡れ、すでに畳にまで染み出している。 「幻狗……」  俺は彼の頭を掻き抱くように引き寄せると、血に汚れた体を艶めかしく捩って見せる。 「――昊貴、いつまで我慢しているつもりだ。楽になれ……」  耳元で囁かれた低く甘い声に、体の奥底に潜ませていた力を解放させると体をブルリと震わせた。  彼の頭に回した指先には鋭い爪が伸び、頭には獣の耳が生えてくる。尾骶骨がムズムズとするのは、まだ生えることを許されない尾が疼いているせいだ。 「――んっ…はぁ、はぁ…。幻狗……っ」  俺は閉じていた目をゆっくりと開く。 「お前のその金色の瞳はいつ見ても美しいな…。ただ、まだ片目だけというのが残念でならない」  そう――。  今の俺は神としての力を放出し、まだ完全とは言えない”狗“になった。  獣も耳と、鋭い爪、まだ生えきれていない短い牙、金色の瞳もまだ片方だけという未熟な状態ではあるが、俺が神と交わったことで人間ではなくなっているという証拠だ。  幻狗とのセックスは基本、この状態で行われる。  幻狗もまた、神本来の姿に戻るのが常だ。しかし、互いが繋がってからでなければ俺の負担が大きくなるため、まだその姿は人型のままだ。  仰向けになった俺の下半身は完全に勃起し、ただ快楽だけを求めている。  先程噛まれた傷は、力を解放したことによって塞がり始めている。  幻狗は長い指を俺の後孔に押し当てると、ゆっくりと蕾に沈めていった。  先日の名残が生々しく中は程よく潤んでおり、彼が指を動かすたびにクチュクチュと卑猥な音を立てている。  時折、尻たぶに流れ落ちているのは、まだ奥深くに残っていた幻狗の精子だ。  その時の余韻を思い出すかのように、俺のペニスはフルフルと歓喜して震え、蕾は彼の指を食い締めた。 「――それでは掻き出すことが出来ないだろう?力を抜け…」 「抜いて…る!動かす……な、あぁっ……気持ち、いっ……い」  ゾクゾクと背筋を駆け上がってくる快感に体をくねらすと、幻狗の指が増やされていく。それを何の苦痛もなく銜え込んだ頃には、傷は完全に塞がっていた。  外部へと溢れていた出血が止まり、冷え切った体に熱い血が巡ってくるのが分かる。 「本当に潤んでいて、具合がいい……。もう、イケそうだな」 「ん…っ、来て……!幻狗の…欲しい……っ」  二年前の俺からは想像出来ないほど幻狗から与えられる快楽に貪欲になっていく。本来の姿を晒してからは、愛しい伴侶が欲しくて欲しくて堪らなくなる。  いっそのこと喰ってしまいたいほど愛おしくて仕方がない。 「早くぅ~!幻狗……挿れ…て!」 「そう急かすな……。我が妻は堪え性がなくて困る」 「そう……させたの、お前…だ、からなっ!あぁぁん!」 「欲しいのなら、それなりの準備をするのがお前の務めだろう?ほら……っ」  三本の指が一気に後孔から引き抜かれ、俺はその衝撃に大きく体を震わせた。  体を起こして胡坐をかいた幻狗を見上げてから、朱色の着物に手をついて体をゆらりと起こすと、すぐ目の前にある化け物のような楔に手をかけた。  握り込んでも指が届かないほど太い赤黒く脈打つグロテスクな楔にそっと顔を近づけると、透明の蜜を溢れさせている先端に舌先で触れた。  人間よりも塩気が多い味ではあるが、さらりとしている舌触りは変わらない。  口に含もうとするも、先端を銜え込んだだけで喉奥に達してしまうほど長い。  それでも、この楔が自身に底なしの快楽を与えてくれると思えば、たとえ苦しくても愛おしくて仕方がなくなる。  最初の頃に比べればかなり上達したと自負している口淫に、幻狗も低い呻き声と共に熱い息を吐いている。 「――いつもより熱いな」  愉悦のためか鋭い眼差しが艶めかしく潤んでいる彼を見上げ、ニヤリと笑って見せる。 「いつになく……興奮している。お前の舌が心地いい」 「俺はもう我慢できないんだけど……」 「そうか……。では急がねばならないな」  黒髪をかき上げて唇を綻ばせた彼は、俺の肩に両手をかけるとそのまま着物の上に押し倒した。  そして、すっかり潤んでいる後孔に灼熱の楔を押し当てると、巨大な先端を馴染ませるように蕾に擦り付ける。  些細なことではあるが、その行為もまた俺を喘がせる。 「――堪えがきかない。一気に行くぞ」 「だいじょ……ぶ、来て…っ」  狭い入り口を目一杯押し広げるようにして先端が食い込んでくる。強烈な圧迫感と蕾の薄い粘膜が引き攣れる痛みに着物に爪を立ててしまう。 「ぐあぁッ!ん……あぁぁぁ」  グイッと女性の腕ほどの物が狭い器官を押し広げて入ってくる。  胃がせり上がるような感覚に吐き気を覚えるが、それはほんの一瞬で、幻狗が根元の亀頭球までを一気に突き入れると、次に訪れるのは快感しかない。  大きく膨れたコブ状の根元は、彼の射精が完全に終わるまで抜けることはない。  狗特有の性器で、相手を確実に受精させるためのものだ。  コブ状の物さえも呑み込んでしまった俺の後孔は、こうなるまでにはかなりの苦痛を強いられてきた。  しかし、幻狗の時折見せる優しさに助けられながら、彼の楔のすべてを受け入れた時の悦びは今も忘れることは出来ない。 「あぁ…昊貴。我も力を解放させるぞ…っ」 「早く…。幻狗、お前の姿を見せて……」  俺の頭の両脇についた手をギュッと握りしめた彼は、引き締まった体をブルリと震わせると同時に地の底から響くような咆哮をあげて天井を仰いだ。  その瞬間、ミシミシと骨が軋む音が聞こえ、幻狗の体は通常の身長の倍あろうかというほどの巨大な黒い狗へと変化した。  体が大きくなれば繋がっている場所も必然的に巨大化する。  俺の体の中で、内臓をも突き破らんとする勢いで彼の楔が膨張する。 「んあぁぁ!」  それは痛みではなく、頭の中が真っ白になるほどの快楽が全身を駆け巡り、俺は呆気なく射精してしまった。  大きな耳をピクピクと動かしながら、金色の瞳を輝かせて俺を見下ろす彼の眼差しはどこまでも優しい。  本来であれば俺もまた彼と同じ大きさになり、対等に交われるはずなのだが、今はまだ人間としての体を手放せないでいるために、幻狗には心配ばかりをかけている。 「昊貴……ムリをするでないぞ。人型に戻ってもいいが……」 「や……っ。幻狗…は、神…な、だから…そのまま…姿で、交わ…るほ…が……あぁぁんっ」 「だが、お前の負担が大きくなる」 「へい…き、だ、から!うご…い、て……。気持ち……いい」  不安げに見下ろしながらも、俺の中で蠢動する粘膜に包まれた愉悦に抗えないのか、息は荒く、赤い舌が俺の頬をベロリと舐めた。  俺は足を目一杯広げ、彼の柔らかな毛に覆われた体を挟み込むようにして腰を浮かせた。  それを合図に幻狗の大きな体が動き始めると、俺は顎を反らせて嬌声を上げた。 「あぁぁっ!んはぁ……っ!ひぃぃ、ひぅ……っく!」   内臓を抉り出されるような衝撃を全身で受け止めながら、彼から与えられる快感に身を委ねる。  受け入れた彼の楔は内部を焼き尽くすかのごとく熱を持ち、ドクドクと脈打っているのが分かる。  その振動でさえ悦楽として捉えてしまう俺の体は、もう幻狗以外の者など受け入れられるはずがないのだ。 「あぁ…は、はっ…いい!もっと…抉って……奥、いいっ!壊して……俺を…壊してっ!」 「いいぞ…昊貴っ。お前に我の力を……くれてやるっ」 「ちょ…だい!お前の……全部、欲し……んあぁ!あふっ……ん」  もう何度放ったのか自分では覚えていない。いや――正確には放っていなくとも、数えきれないほど達している。  これも幻狗に教えられた快楽の一つだった。  体中がバラバラになるのではないかと思うほどの関節の痛みと倦怠感に襲われた俺は、重い瞼をゆっくりと持ち上げた。  いつの間にか気を失っていたらしい。  動かすだけで筋肉がピクピクと痙攣する腕を何とか動かして、汗ばんだ額に張り付いた前髪をかき上げる。 「――気がついたか?」 「俺……」 「気をやって意識を飛ばした。しばらくは動けないだろう…。我も手加減出来なかった」  素肌に心地よく感じるのは胡坐をかいた幻狗の腕の中にすっぽりと抱きかかえられていたからだ。  彼はすでに神獣の体ではなくなっていたが、その名残とも言うべき大きく長い尻尾が俺の体を包み込んでいた。  すぐ傍らにある血に濡れた絹の着物を見下ろして、俺は気怠い体を起こそうとして下肢に違和感を感じてその動きを止めた。 (まだ……繋がってる?)  恐る恐る下肢に手を伸ばしてすっかり萎えてしまった性器の裏側に指先を這わすと、硬い楔が薄い粘膜を目一杯広げたまま食い込んでいた。  それを知って瞬間に一気に羞恥心が芽生え、頬がカッと熱くなった。 「どうした?熱でも出たか?」 「ちがっ…!お前、まだ……っ」 「お前と離れるのが惜しくてな。まだ離れられずにいる…」  爪で傷つけないようにと配慮しながら俺の下腹を優しく撫でる。  そこに視線を下ろすと、ポッコリと不自然に膨らんだ腹に俺は目を瞠った。 「これ…何だ?お前、まさか……っ」 「いちいち目くじらを立てるな。あまりの愛しさに相当量を注いでしまっただけだ。正直、まだ注ぎ足りない…」 「どんだけ出してんだよ!これ…マジ、孕むだろ」 「これでも少ない方だが……」 「今までこんなになったことなかっただろ?じゃあ、いつもはどうセーブしてるんだよっ。全部出し切らないと抜けないはずだろ?」 「おや、気付かなかったか?根元まで全部入れたのは今宵が初めてだ」 「はぁぁ?」  じゃあ、今まで与えられてきた快感を凌駕したのもそのせいだったというわけか……。  幻狗は俺との結合部を指先でひと撫でして、フフ…と笑った。 「まだ我のコブは入ったままだぞ。そのまま抜くにはかなりの苦痛が伴う」 「さっさと抜け!」 「愛しいお前を傷付けるわけにはいくまい。自然の原理に逆らうのは神として許されぬ行為だ」 「それとこれとは話が別……っあぁ」  声を荒らげた俺を見下ろしながら腰を突き上げた幻狗に、俺は顎を上向けて声を上げた。  俺の腰を掴んで力の入らない体を反転させられたせいで、繋がっている場所からグチュリと卑猥な水音が聞こえ、温かいものが溢れるのを感じた。  中心を貫かれたまま幻狗に背を向ける格好で抱きしめられると、首筋を舌先で舐められた。 「先読みの力を持つお前の務めはこれからだ。さあ、今年の吉凶を見てくれ」  それは俺だけに課せられた新年最初の務めだ。  自身が流した血とそれに染まった着物の様子でこの土地の一年の吉凶を占う。  畳にまで流れ、一面を朱に染めた惨状を目の当たりにしながらも落ち着いている自分がいる。  ただ、未だに自分の力だけでは完全な読みが出来ない。幻狗が離れずにいてくれているということは、それを危惧しての事だったのだと今頃になって気が付いた。  ゆるゆると腰を動かす幻狗に、堪えていても声が出てしまう。  血臭と青い匂いに支配された寝所に、彼の息遣いと俺の濡れた声だけが響いていた。  だが、俺の先読みは彼の神使たちが一言も聞き漏らすことなく耳にしている事を忘れてはいけない。  姿は見えずとも、今こうして俺と幻狗が繋がっていることは手に取るように分かっているはずなのだ。 「――幻狗、力……分けて」 「安心しろ。こうして繋がっている以上、途切れることはない」 「ん――。はぁ…あ、あぁ…っん、しゅ…集中で……ない」 「ではもっと溺れさせようか?我が妻の力が満たされないとなれば夫としての力量が問われる」  そういうと幻狗は俺の腰をきつく抱き寄せると、自分の楔をより深く抉るように腰を動かし始めた。 「あぁん……いい…。その、調子……っ、んぁ……み、見えて……きたっ」  朱に染まった着物に目を細めて、俺自身の力をゆっくりと解き放っていく。  下から突き上げられる振動と背筋を駆け上がっていく快感に、一度は鎮まった力が再び放出されていくのが分かる。 「東南…に災害……これって夏かな…、はぁ、はぁ…っ。農耕は……ゆ、豊か。人災……ある、土地のば、買収に…絡んで…んぁっ、くる……」 「ほう……」 「――水……水に気を…付け…ぁぁあ。邪神……荒ぶる…。それと……っ、あぁ、も…ダメッ!イ…イクッ!」  体を激しく痙攣させて白濁交じりの粘度の薄い蜜をトプリと溢れさせた俺は、そのまま幻狗の胸元に体を預けた。  胸を喘がせて呼吸を整えようとするが、なかなかうまくいかない。  そんな俺の頭を撫でながら、髪にキスを繰り返す幻狗……。 「ここまで読めば十分だ。昊貴……いい子だ」 「も……ツラい」 「そうだな…。お前には負担をかけすぎている。楽にしてやる……」  そう言って労ってくれる幻狗は、自分の眷属には決して見せることのない優し気な顔で肩から首筋、そして項にキスをしてくれた。  そんな彼を制するように、重くて上げることさえ躊躇われる両腕を必死に上げて彼の首に絡めると、顔を近づけた。 「どうした昊貴?もうお前の務めは終わったぞ…?」 「ううん……まだ…」  俺は乾いた唇を舌で湿らせながら、体を傾けて幻狗の耳元に唇を寄せた。 「幻狗……見えたよ」 「何が見えた?」  低く甘い声が達したばかりの腰にビンビンと響いて、自然と腰が揺れてしまう。  言いたいことがあるのに、変なプライドが邪魔をして自分自身の事なのに口が開いてくれない。  朱に濡れた着物に見えたもの――。  それは俺に見えるはずのない未来だった。 「――無理をするな」 「して…な、い!これ……大事…な、こと…」 「ならば、お前が元気になってから……」 「ダメだって……言ってん、だろ!今……言いたい」  困ったような顔で小さく吐息した幻狗の耳朶を唇でそっと挟んで、俺は何度も唾を呑み込んだ。  甘く香る彼の体に落ち着きを取り戻すことが出来た時、やっと俺の唇は変なプライドを打ち砕いた。 「――婚姻……秋、が吉って」 「え?」 「何度も…言わせ、んなっ!俺たちの婚姻……秋だって、言ってんだろーがっ」  こんな重大な事を何度も言わせる幻狗に苛立ちを覚え、俺は絡めていた腕にギュッと力を入れた。  それと同時に、俺の中に入ったままの楔がドクンと大きく脈打ち、その質量が増したことに気付いた。 「昊貴……お前……」 「見…えたんだから、仕方ない…だろ!神…様が予言…無視するって……あり得ないし」 「大学に行くと言って…いただろ?」 「行くよ…。輿入れしても……今と変わんない生活…出来るから。ただ……俺がお前と同じになるって…だけ。お前と…魂だけの繋がりなんて……耐えられない…しっ」  それだけ言うと、体の力がふっと抜けていく。どれだけ緊張していたのかと自分でも驚く。  そのたびに、彼の楔を食い締めていたことなどまったくにも止めていなかった。  幻狗が驚きで身じろぐたびに、引き伸ばされた粘膜が擦れ、俺は息を止めた。 「先読みのお前が言うのであれば間違いはないな……。これほど嬉しいことはない。お前のために極上の花嫁衣裳を用意させよう」 「それって……献上させるってこと?」 「息子を貰う上に、登吾に負担をかけるわけにはいくまい。我に任せておけ……」  安堵した俺の全身の力が抜けたのを見計らって、幻狗は俺の腰をグイッと掴み寄せるとそのまま布団に倒れ込んだ。  胸を布団に押し付け、腰を高く上げた格好のまま、大きな手で腰を掴まれた俺は肩越しに彼を睨みつけた。 「お前なぁ…っ」 「さっそく、妻を労わねばならんな……」 「幻狗!お前……解釈、おかしいから!あぁぁぁっ――!」  何の躊躇いもなくハイピッチで腰を振り始めた彼の勢いと、そこから生まれる快感に一際大きな声を上げてしまう。  それまで焦らされていた分の反動なのか、それとも密かに抱いていた自分の願いが叶うと分かった解放感からなのかは分からなかったが、俺の中を彼の本来の姿よろしく暴れまくる獣のような楔の動きに翻弄されて、俺はタプタプになった腹を揺らしながら彼のすべてを受け止めた。  灼熱の奔流が最奥を濡らし、腹の中にある先に放った精液を再び熱するかのように循環する大量の愛情を一滴残すことなく受け止めた俺は、腰を上げたまま体を震わせて意識を失った。  幻狗が長い射精を終え、彼の陰茎の根元の亀頭球が小さくなり、すっかり広げられた蕾からすんなりと抜け落ちたことにも気づかなかった。 「――昊貴、お前を永遠に愛でてやる」  洞窟のようにパックリと口を開いたままの蕾から溢れ出た精液を舌先で掬い取りながら、幻狗がそう呟いたことさえも知らなかった。

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