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act.01
20XX年4月6日午後5時10分
イタリア南端レッチェ
ホテル《ディ・マーレ》近く公園
アレッシオは、不機嫌な表情のままベンチに腰掛けていた。その隣ではトマゾが暢気にスタンドで買ったエスプレッソに口をつけている。
頭上の空はまだ明るく、海風の吹き抜ける公園では仲睦まじいカップルの姿がチラホラと見られるくらいで、あまり人気は無かった。
「で?」
アレッシオは早く話せと言わんばかりに、トマゾの足を蹴りつけた。
「痛っ!? ちょっと、アレッシオさん酷いッス!!」
批難めいた視線をトマゾから向けられたアレッシオだったが、知らん顔をした。大体、そこまで強い力で蹴りつけたわけではないのだ。
痛がっているのも、ただの嘘に過ぎないとアレッシオには容易に見抜くことが出来た。
「うるせぇ、勿体つけてねぇでさっさと説明しやがれ」
もう一回蹴るぞとばかりに、アレッシオが革靴の爪先で地面を叩く。
「ちょ、待って下さい。説明するッスから」
慌てたように居ずまいを正したトマゾが、真面目な顔で話し始めた。
「えっと、ほら、明日のターゲットの取り引き時間って覚えてます?」
話を振られ、アレッシオはムッとした。幾らなんでも、ソレくらいの情報はアレッシオでも押さえている。これでも、この歳までこの世界で生き残っているということはそれなりに有能なのだ。
馬鹿にされているように感じたアレッシオはキッとトマゾを睨み付けた。
「あ? お前な、覚えてるにきまってるだろ、午後6……」
そこまで口にして、アレッシオは気が付いた。トマゾが面接を取り付けた時間帯と同じなのだ。
「まさかこれに合わせたのか、お前」
いや、そうとしか思えない。
アレッシオは驚いたような、呆れたようななんともいえない表情をトマゾに向ける。そんな表情を向けられている筈の当の本人はというと、特に気にした様子もなく笑っていた。
「ね? いい案ッスよね?」
褒めて、と言わんばかりの笑顔を向けてくるトマゾ。耳と尻尾があったならば、ブンブンと千切れんばかりに振っているに違いない。
頭を押し付ける勢いで近寄られ、アレッシオは根負けしたのか迷惑そうな顔をしながらもトマゾの頭を撫でた。普段ワックスで髪を立てているトマゾの姿をアレッシオは何度も見かけていたから、堅いと思っていたが、触れてみると意外にも上質なシルクのような指通りのよい触り心地だった。
まぁ、ワックスで多少ベタつくのが難点だが。
一頻り撫でると、終わりの合図のようにアレッシオがトマゾの頭をポンと叩いた。こんなことをするためにアレッシオは態々ここに来た訳ではないのだ。
「えー」と小さく不満を溢すトマゾ。しかし、駄々をこねる気はないのか、名残惜しそうな表情のままアレッシオの隣に座り直した。
「上手く中入り込めた後どうする気だよ」
そう、そこが問題だった。
トマゾは面接を受けるという理由があるから、ホテル内部には通してもらえるだろう。しかし、アレッシオはホテル内部に侵入することが出来ないままだ。
普通のホテルならば真っ正面から宿泊客を装って行っても問題はないだろうが、今回のホテル《ディ・マーレ》ではそれが通用しないのだ。
「なんだって、宿泊予約制なんだよ。しかも当日予約お断り……」
はぁ、と重たいアレッシオの溜め息が海風に浚われ消えていく。
「あ、それについては策があるから大丈夫ッス」
「は?」
思いもよらぬトマゾの返事にアレッシオは瞬きを繰り返した。
――どういうことだ?
漠然とだが、違和感を感じてアレッシオは首を捻った。自分の知っているトマゾは、こういった知略を得意としていただろうか。
少なくとも、考えるよりも行動する方が得意なヤツだった筈だ。
アレッシオは、胡乱げな瞳をトマゾに向けた。
「策ってなんだよ?」
言葉尻に警戒を滲ませながらアレッシオがジリとトマゾから距離をとる。人一人分空いたベンチの上に緊迫した空気が一瞬流れた。
――何を考えてる? コイツは、本当にトマゾか?
探るような瞳を向けるアレッシオに対して、トマゾはいつも通りヘラリと笑った。
「んー、それは後で話すッス」
そう口にすると、パチンとウインクまでご丁寧に飛ばしてくる始末。
「……っ」
ヒクリ、とアレッシオの口許が戦慄いた。今なら、トマゾをどれだけ殴っても許される気がする。深刻に考えていた自分が馬鹿みたいだ。
アレッシオは脱力感を覚え、ベンチに深く沈みこんだ。そのまま、頭上の空を眺めながら「で?」と言葉少なに先を促す。
「取り敢えず、俺はホテル従業員に紛れて小火を起こした後、そのままお客の先導に回るッスけど、アレッシオさんは大丈夫ッスか?」
トマゾに心配そうに問われたアレッシオだが、顔には不敵な笑みを浮かべていた。
「ターゲットとサシで勝負ってワケか。面白ぇじゃねぇの」
漸く自分らしい役回りが回ってきた。アレッシオは内心そう思いながら指を鳴らした。知略も嫌いではないが、やはり真っ正面からの勝負の方が自分には向いている。
「出来るだけ早く援護に向かいますんで、それまで商談するフリをして時間を稼いでおいて下さいッス」
アレッシオがそうまで言っても心配なのか、眉尻が下がったままのトマゾを鼻で笑い飛ばして「了解」と頷いた所で新たな問題に気が付いた。
「……なぁ、ターゲットが予約してんのは3階だろ? 客が一斉に逃げ出したら、バレちまうぞ」
「それがですねぇ、今のところ3階はターゲットしか宿泊予約が入ってないみたいなんですよ」
「は? ほぼ貸し切りってわけか?」
新たにトマゾの口から出てきた情報にアレッシオは目を丸くする。そんな情報は、ドナテラからもらった紙には一言も書いていなかったのだ。
それをどうしてトマゾが知っているのか?
アレッシオは、何だか腑に落ちなかった。しかし、トマゾは自分のアソシエーテで、それこそ数え切れないほど行動を共にしてきた。それに根がイイ奴であるのも知っているし、何よりトマゾ自身忠犬と言っているほどアレッシオには従順だった。
――きっと悪いようにはならんだろう。
そうアレッシオは自身に言い聞かせ、トマゾの話の続きに耳を傾けた。
「そうなんですよね。あのホテル、最上階は2部屋しかなくてターゲットの取り引き相手が貸しきりでその場を指定してきたらしいんです」
特に感想もなかったアレッシオは「ふーん」と素っ気なく返したのだが、何故だかトマゾに不満そうな顔をされてしまった。
「あ、あれれ? ソレだけッスか? 褒めて下さいよ〜!! アレッシオさんのために頑張ったのに!! 俺、忠犬でしょう? 褒めて下さいよ〜!!」
そう言って抱き着かんばかりの勢いで飛び掛かられたアレッシオ。僅かながらに体格差に負け、がっしりとした腕で抱き締められしまう。脱け出そうと藻掻くアレッシオの耳にクスクスといった忍び笑いが聞こえてきた。
ソロリと周りに視線を巡らすと、通り過ぎるカップル達が此方を見ている姿が映った。
見られている事に気が付かないなんて。これが、抗争の最中であったらと想像して、アレッシオの背筋を冷たいものが走り抜けた。
敵の気配にいち早く気付けなければ、待っているのは死だ。
アレッシオは凶弾によって蜂の巣、いやもっと酷ければ肉塊に変えられていく同僚を数え切れないほど見てきた。自身の腕に自信を持ってはいるが、明日自分達がそうならない保証はどこにもないのだ。
頭が色ボケしている証拠だ。内心自身の失態に舌打ちをしながら、アレッシオはトマゾの頭を叩いた。
「つっ〜〜、この馬鹿!! 大声で言うな!! 俺が変に見られんだろ」
数度本気で殴ると、漸くトマゾの力が弛み、アレッシオは抱擁から脱け出した。
もう一度、周りに視線を巡らすと既にカップル達の姿はアレッシオ達の座るベンチから遠退いている。
はぁぁ、と深いため息を溢しながらアレッシオは立ち上がった。人気がないと言っても人の目が完全にない訳ではないのだ。
「トマゾ、場所変えるぞ」
そう言い残すと、アレッシオはトマゾを待つことなく歩き始めた。
早く遠ざかりたい、その一心しかない。
もはや競歩に近いような速度で歩くアレッシオの後ろから、小走りでトマゾが追い付く。
「……うぅ、すみませんッス」
アレッシオの拳が効いているのか、まだ頻りに頭を擦っている姿が少し不憫である。
許してやるものか、と思うのだが、今回の非は自身にもある。
少しだけ、アレッシオの歩く早さが落ちた。
トマゾはというと、アレッシオの一歩後ろで飼い主の許しを待つように無言で歩いている。
「……」
「…………」
アレッシオは立ち止まり、振り返った。
それに倣うように、トマゾの足が止まる。
「ったく、もういい。怒ってねぇから、帰るぞ」
そう口にすると、アレッシオはツンと顔を背けた。
赤く染まった顔など、見られて堪るものか。
自身でも素直ではないと思うが、性格なのでこればかりは直しようがない。それに、アレッシオにはトマゾだけは自分から離れていかないといった自信があった。
その証拠に「っ、はいッス!!」と嬉しそうなトマゾの声が、先を歩くアレッシオの耳に届いた。
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20XX年4月6日午後7時24分
イタリア南端レッチェ
滞在ホテル307号室
「で、誰からの情報だ?」
そう切り出したのは、ベッドの上に寝転んだままのアレッシオだった。片手には帰る途中で購入したのであろう、カルツォーネが握られている。まだ温かいそれを、アレッシオは行儀悪くも寝転びながらかじった。
中はふっくら、外はカリカリに焼き上がった生地の中からトロリと溶けきったチーズが出てきて、アレッシオは頬を緩ませた。
トマゾはというと、どうやら猫舌らしく温かいカルツォーネを手に冷めるのを待っているらしい。
どんどんと食べ進めるアレッシオを羨ましそうに横目で見ながら、トマゾが口を開いた。
「それは勿論、パスクァーレさんところのオルソからッスよ」
〝オルソ〟と言う名前に聞き覚えはあったが、顔が浮かんでこないアレッシオは思い出そうとするようにこめかみをトンッ、と指先で叩いた。それは何かを思い出す時に見せる、アレッシオの癖の一つだ。
口の中で〝オルソ〟を数回呟いた所で、朧気ながらに思い出した。
「オルソ……あぁ、あのパソコンオタクか」
アレッシオの頭の中に浮かんだのは緑にカラーリングされた短髪に同じく緑フレームの眼鏡を掛けた青年だった。見た目は強烈な印象であったのに、思い出すのに時間がかかってしまったのは殆んど話した記憶がないからだろう。
2度程、トマゾに連れられて会ったことがあるアレッシオだったが彼が話している姿を見たことがなかった。しかもその2度とも、棒付きの飴をくわえ、パソコンにずっと向かい合ってトマゾの話に時折頷いていたくらいで、まともに会話という会話をした覚えがない。
「パソコンオタクって……」
トマゾの苦笑い混じりの声にアレッシオは体を起こした。
「なんだよ?」
会話も碌に交わさず名前も他の人間つてに聞いただけの人物を、他にどう形容すればよかったのだろうか。
思い出しただけでもありがたいと思ってほしいものだ。
アレッシオはムッとした表情でトマゾを睨むと、彼は慌てたように首を横に振った。
「あ、いえ、なんでもないッス」
「で、そのオルソがクラッキングでもしたのか?」
ここでオルソの名前が出てきたということは、恐らくそうなのであろうと簡単に予想がついたアレッシオだったが、今回のこの命令はあくまでアルドロヴァンディーの部下であるアレッシオ達に下されたものだ。
パスクァーレの部下であるオルソがアレッシオ達の手助けを無償でするとは思えない。
――頼んだのか。
察しがついたアレッシオは、「用意がいいこった」と口にしながら口許に笑みを浮かべた。
十分に冷めたらしいカルツォーネをかじり始めたトマゾの口許が同じようにつり上がる。
「簡単に言えばそうッスね。下準備を頼んでたんですけど、たまたま見つけたらしいッス」
「下準備?」
「はい、明日朝一でアレッシオさんにはターゲットの今回の取り引き先を乗っ取ってもらいます」
ヒュウッ、とアレッシオの口笛が室内に響いた。
「へぇ、そりぁまた大掛かりだな」
そう口にするアレッシオの蒼色の瞳が活き活きと輝いている。他に選択肢などなく、成り行きで入ったこの世界だったが今にしてみればアレッシオには向いていたのかもしれない。
「乗っ取る、といっても小さな貿易会社一つですし。相手は俺等と同じ悪人ッス」
「だが、その貿易会社にゃ当然バックがついてんだろ?」
アレッシオの問いにトマゾが間髪入れず頷いた。
「まぁ、それは勿論」
〝同じ悪人〟とトマゾが態々言うくらいだ。恐らく、イタリアのいずれかの組織が裏にいる筈である。
――どこだ? ……バッティスタか、チェザーレか?
思い当たる組織は幾つもあるが、その何れもがニコロよりも小さい組織ばかりで態々敵に回すようなマネをするとは思えない。
だとしたら、ニコロと同じかそれ以上の勢力に絞られてくる。
――なら……。
現時点でアレッシオが思い当たる組織は、1つしかなかった。
「フィオレンティーノか」
「当たりッス」
トマゾが小さな拍手をアレッシオへと送ったが、当てた本人はちっとも嬉しくなさそうに大口を開けて欠伸を溢していた。
「なるほど、フィオレンティーノか。ま、だったら気にしなくていいな」
フィオレンティーノはニコロファミリーが根城にしているバーリの隣、バジリカータ州ポンテンツァを根城しているファミリーで過去においても何かと対立してきた。
マフィアなので、お互いにいい噂はないにしろ……ニコロファミリーより悪どいらしく悪名ばかり名高いような組織だ。組織規模は大きくニコロと同程度、いやそれ以上とも言われている。
今や知らない者はいない程の組織の一つであることには違いない。
いや、違いない、のだが――アレッシオやニコロファミリーの面々はフィオレンティーノを然程問題視していなかった。
組織規模は大きいが、所詮それだけなのだ。
「あそこのカポ達はウチと違って管理や統率が酷いらしいんで、大丈夫ですよ。それに、そこら辺フォローや根回しはパスクァーレさんとオルソがやってくれるッスよ」
「ふーん」
他人事に聞いていたアレッシオだが、心中にはフィオレンティーノの構成員達への同情があった。上がいくら頭がキレて強かろうと、下を統率出来ていないなら然して脅威にはなりえない。
逆に、統率され尽くした者達程手強いものはなく、少数であっても十分に脅威となりえる。
フィオレンティーノは前者。悪どい方法で資金、恐喝紛いの勧誘で構成員を補充して拡大はしているが、中身はというとスカスカ。ただの寄せ集めに過ぎない、との噂もあるほどだ。
――ま、何にせよ問題ねぇな。
アレッシオはフッ、と小さく笑うと再びゴロリとベッドに横になった。ギシリ、とスプリングが軋む音を立てる中、トマゾの笑う声が聞こえる。
「あんまり、気を抜きすぎないで下さいね? 一応、相手も武装してるんッスから」
などと、たしなめるその顔は緩みきっていて説得力は皆無。
アレッシオも真面目に受け取る気はないのか、「ほいよ、了解」と返事をしたものの、食べ終えたカルツォーネの包みを小さな備え付けのテーブルの上へと放り投げていた。
クシャクシャに丸められた紙くずが放物線を描きながらテーブルの少し手前――床の上に落ちた。
小さく舌打ちをしながら立ち上がるアレッシオは次いでとばかりに口を開く。
「で、人数は?」
「朝一、しかも明日は取引が控えてるんで都合がいいことに重役しか出勤してこないみたいッス。ボディーガードも含めると5人未満ってところですね」
「5人か」
多くも少なくもなく、2人で捌くならば適当な人数かもしれない。
もっとも、銃撃戦ならば相手が多ければ仲間同士の誤射を期待出来るのだが――この人数ならば、余程腕が悪くない限り無理だろう。
――地道に殺るしかないわけだ。
明日は相棒であるお嬢さん に沢山働いてもらうことになりそうだ。
アレッシオは肩を竦めながら、手荷物として持ってきた革製トランクに手をかけベッドの上に引き上げた。その中には相棒が磨かれた状態で出番を待っている。
明日は仕事が2件入っている。念には念を入れて手入れするのもいいかもしれない、とアレッシオがトランクの鍵に手をかけたところで何か紙状のモノが投げて寄越された。
ヒラヒラとアレッシオの手元近くに落ちたそれは、恐らく隠し撮りであろう誰かの写真だ。
アレッシオはそれを指先で拾い上げると、面倒臭そうな表情で眺めた。
写真の上に影が落ちる、と同時にベッドが沈みこみ、スプリングが悲鳴を上げるように再び軋んだ音を立てた。
アレッシオの目と鼻の先にトマゾの顔がある。
「それが代表取締役のフィリッポ、後ろの細身の男が秘書のアキーレでボディーガードが2、3人です。フィリッポとアキーレは両方ともフィオレンティーノの構成員でもあるッス」
滑らかに動く薄めの唇は、そこまで情報を吐き出すと弧を描いたまま止まった。
「ふーん、いかにもって感じだな」
写真の中央、デップリと太った男が薄くなった髪を隠すように帽子を被っていた。蔭になってはいるが、恐らく帽子の下の顔も体型と同じく醜悪なのだろうと、アレッシオは容易に想像がついた。
――これが、お嬢さんならまだ可愛いげがあるんだが。
豊満な体つきも、男では可愛いげを感じるよりも不快さが勝ってしまいどうもアレッシオは好きになれない。かといって、フィリッポの後ろに写る細身の男も好みではないのだが。
ある程度の情報を頭に叩き込むと、アレッシオは写真をトマゾへ突き返した。これ以上醜悪な顔を見ていると、先程食べたカルツォーネが上がってきそうだ。
写真を受け取ったトマゾはというと、その写真を隣のベッドの上へとぞんざいな手つきで放り投げている。多分、トマゾも見るに耐え兼ねるのだろう。
話し終えたことだし、離れていくだろうと踏んでいたアレッシオとトマゾの距離は一向に開かぬまま、再びトマゾの唇が動き出した。
「乗っ取った後、アレッシオさんには真っ正面からフィリッポとしてホテル内に侵入してもらうッス」
低い声が囁きのような小ささで甘美な悪巧みをアレッシオへと吹き込んでいくほどに、アレッシオの口角はつり上がった。
「なるほどな。あ、ターゲットとフィリッポの面識は?」
「ないッスよ。全てアキーレを介してたみたいなんで、面識があるのはアキーレ1人ッス」
「なら、アキーレは殺すとまずいな」
唇に吐息が触れる距離、クスクスと笑むトマゾの顔がアレッシオの瞳に映る。端正なトマゾのその顔は、アレッシオの好みそのままだった。
誘われるようにフラりとアレッシオの手が伸び、指先が唇に触れる。
「そうッスね、アキーレは生かしといた方がいいかもしれないです。始末はいつでも出来るッスけど、死人に喋ってもらうことなんて出来ないですから」
擽ったそうに身を捩りながら、トマゾがそう続けた。
人殺しの相談をしつつ、こうやって笑い合い、目の前の相手に欲情する自分達は人間として狂っているのかもしれない。
「それで決まりだな。ボディーガード役とかはどうなってる?」
そう口にしながら、アレッシオはトマゾの唇を指の腹で押し、撫でた。しっとりとした唇しか目に入らない。
柔らかでハリのあるソコをユックリと指で往復する。
「んっ、……既に他のアソシエーテに連絡済みッス。今日の夜にはコッチに着くって言ってました」
少々喋り辛そうではあるが、トマゾはアレッシオにされるがままだ。瞳に明らかな情欲の兆しを宿し、恍惚の表情を浮かべるトマゾの様子はアレッシオをさらに煽った。
――明日仕事でなけりゃ、がっつくのにな。
朝一に仕事があることが悔やまれて仕方がない。
――またオアズケ、か……。
アレッシオの唇から、小さな苦笑いが吐息と共に吐き出された。
「明日実行するだけだな。仕事が終わったら……」
「わかってるッス。〝この続きを―〟ッスよね?」
全て分かった上で悪戯っぽく笑うトマゾに「生意気」と悪態吐くと、アレッシオは唇を撫でていた指を止め、そのままユックリと腕をトマゾの首後ろへ回した。
「明日の勝利に――乾杯」
「乾杯」
笑みを浮かべたままのアレッシオとトマゾの唇が静かに重なった。
明日は、忙しい1日になりそうだ。
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