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act.02

「お前っ、何すんだよ!!」  頭からポタポタとワインの雫を滴らせながら、アレッシオはアルへ怒りをぶつけた。身体中からアルコールの匂いがして噎せ返りそうだ。それに、肌にぺっとりと貼り付いた服の感触が気持ちが悪い。 「水も滴るなんとやら、だね。ふふ、酒の匂いが美味しそうだ」  アレッシオに酒をぶっかけた本人は相変わらず訳の分からないことを言いながら、アレッシオの近くでスンスンと鼻を鳴らすように匂いを嗅いでいた。  ――怒るだけ無駄か……。  アレッシオは痛む頭を押さえ、バスタブの中に座り込む。そして、今更になって気が付いたのだ。こうしている間にもポタポタと滴り排水口へと流れて消える雫が高級ワインなのだと。 「っ、勿体ねぇことすんなよな!!」  怒鳴りながらアレッシオは手首を流れる雫へ唇を寄せた。本当ならば優雅にワイングラスで頂きたいところだが、こうなってしまっては仕方がない。  チュッ、とバスルームに軽いリップ音が響いた。厚めのアレッシオの唇が自身の手首。それも皮膚が薄い場所を這う。唇を通してトクトクと脈打つ振動が微かに伝わる。自分はまだ生きている、それも大事な存在を失くしたまま。  ほの暗い気持ちがそろりとアレッシオの足元から這い上がってくる。酒を浴びせられた体は熱いのに、妙に思考だけが冷めていく。  舌の上にジワリと広がる酒は美味い筈なのに、アレッシオの気持ちがそうさせるのか。苦味ばかりが鋭く舌を刺した。  こんな気持ちでは酔えたものではない。いや、酒に頼ろうとしたのがそもそも間違いだったのか。  アレッシオは苦々しい表情のまま唇を手首から遠ざけた。 「……今日は悪いが出てってくれ。飲む気分じゃなくなった」  アルを押し退け立ち上がろうとしたアレッシオだったが、アルによってバスタブ内に押し留められてしまう。 「アレッシオ、俺が忘れさせてあげるよ」  艶っぽく耳元で囁かれた次の瞬間にはアレッシオの濡れたシャツの上をアルの熱い掌が這いまわっていた。 「止めろって!!」  アレッシオはアルの手を引き剥がしにかかるのだが、まるで肌に張り付いてしまったかのように離れない。そればかりか、煩いとでも言うようにアルに深く口付けられた。 「ん、むッ!? ――んん!!」  抗議するようにアルの胸をアレッシオは叩いたが、アルはキスを止めようとしない。より深く侵入を果たそうとするようにアレッシオの咥内をアルの舌が動き回る。  ニュルニュルと唾液の滑りをかりた舌が擦り合わせられ、アレッシオの奥底に眠っていた欲にジワリジワリと熱を灯していく。  ――くそ、……久々だから反応しちまう。  キスをされているだけなのに暫く情事から遠退いていたアレッシオの体は不覚にもそれだけで反応してしまっていた。  アルの掌の下の乳首は既に硬く凝り、ズボンの下のアレッシオのペニスは窮屈そうに布地を押し上げていた。ワインのせいで濡れていることもあってアルには既に気づかれてしまっているだろう。  その証拠に、ゆっくりとだがアレッシオの胸の上にあった手が下へと移動してきている。  こんなことになるならば自慰でもして抜いておけば、多少は違ったのかもしれないとアッレシオは思ったのだが。この状況でははっきり言って後の祭りである。  快感に流されやすい自身の不甲斐なさにアレッシオが歯噛みをしている間に、アルの手はズボンの前に辿りついていた。 「ん、う――ッ!?」  アレッシオの体がビクリと大きく震えた。唇の合わせ目からくぐもった喘ぎがこぼれ落ちる。  アルの手が、アレッシオのペニスを正確にとらえていた。ゆっくりと焦らすように、布の上から擦られ。ワインとは違う液体で染みとなっている先端の部分を爪先で引っ掻かれる。その度にアレッシオはくぐもった声を溢し体を震わせた。  ――ねちっこい攻め方しやがって……。  内心でアルに悪態を吐くもののアレッシオは抵抗を見せなくなっていた。元から性については奔放な方ではあるが、トマゾと体を重ねるようになってから、その傾向はより顕著になっていた。  ――厄介な体にしやがって……お前のせいだぞ、トマゾ。  いなくなった相棒に恨み言をぶつけていると、ようやくアルの唇がアレッシオのそれから離れていった。 「ッ、はあ、はあ……あんた、一々攻め方がしつこくないか?」 「ふふっ、言っただろう? 君を見ていると可愛がってあげたいし、苛めたくもなるんだよ」 「なんだよ、それ。どっちか一方にしろよ」 「それは、残念ながら無理な話だね」  そう口にするなり、アルはアレッシオのものをズボンの中から引き出していた。直に触れられ、アレッシオの口から「ん……ふ、ぅ……」と甘ったるい声が零れ、腰が浮き上がる。  温かな皮膚同士が触れ合う感覚は、鮮烈で。上下にゆっくりと擦られるだけでもアレッシオの体がビクビクとしなった。 「そんなに俺の手は気持ちいいかい?」  クスクスと笑い混じりのアルの声に、アレッシオの負けん気が刺激される。いつまでも手綱を握られっぱなしなのはどうにも癪だった。 「っ、アンタも脱げよ。嫌なら、俺が脱がしてやる」 「へぇ、ならお願いしようかな」  アレッシオのモノを擦る手を止めたアルは挑発するような視線をアレッシオに向けると、どうぞと言わんばかりに無防備に手をだらりと下ろした。  ――余裕ぶりやがって……後悔させてやる。  アレッシオはそう意気込むと、アルのシャツに手を伸ばした。  先程会議の時にはスーツを着込んでいたはずだが、アレッシオの部屋に訪れた時にはアルはシャツにスラックスの案外ラフな格好になっていた。  白いシャツにアレッシオの指先が触れる。赤いワインが付着していたせいでアルのシャツも染まっていく。事が終わった時には染みになってしまっているかもしれないが、今はそんな事どうでもよかった。だいたい、アルが先にけしかけてきたのだからアレッシオが心配をする必要など微塵もないのだ。  若干の緊張を気取られないように唇に薄い笑みを張り付けて、一つずつボタンを外していく。男らしい首回り、見かけによらず厚い胸板。引き締まった腹部と、順に露わになっていくアルの体にアレッシオは興奮を覚えていた。  顔は優男風であるから体もそんな感じなのだろうと勝手に想像していたのだが、アルにはいい意味で裏切られた。まあ、よくよく考えてみるとそれなりに鍛えていないとアレッシオを持ち上げるなど到底不可能であるわけだが。  最後のボタンを外すとアルの逞しい体つきがアッレシオの前に露わになった。無駄な肉などどこにもついていない体は滑らかな皮膚に覆われ、アルが動く度に筋肉が隆起する。 「結構鍛えてんだな……」 「まあ、ね。だらしない身体じゃ、子猫ちゃんやお嬢さん方を抱けないからね」 「……言ってろ」  呆れた声でそう返すと、アレッシオはアルの首元に噛り付いた。 「ッ、……じゃれているのかい?」 「うるせぇ、黙ってかじられてろ」  一瞬アルの肩がピクリと動く。しかし、すぐにクスクスと笑い混じりに揶揄われ、アレッシオは拗ねた口調でそう返した。  舌先で首筋を舐め、そのまま鎖骨、胸元へと降りていく。その間にも、アレッシオの手は動きアルのシャツを脱がしきってしまうとパサリと床に放り投げた。  絞られた腹部の形を辿り、下へ、下へと下りていく。そうして――、アレッシオが辿りついたのはアルのスラックスのフロント部分だった。  アルのそこは微かに欲望の兆しを見せていた。その事実に気分を良くしたアレッシオがフックを外す。そしてジッパーを歯で掴まえるとわざとらしく鼻先を擦りつけながら下げていった。 「……ん、子猫ちゃんはそんなことどこで覚えたんだい?」 「そりゃ、色々だよ。なんだ、気になるのか?」  アルを翻弄する楽しさに酔っているアレッシオがニッと口角を吊り上げる。アレッシオを見下ろすアルの瞳にはわずかな嫉妬が滲んでいた。 「俺は君に首ったけだから、気にもなるさ」 「ハッ、嘘付け。アンタの言葉は軽くて信用できねぇな」 「でも、子猫ちゃんは重いのは嫌いだろう?」  ギクリとアレッシオの体が固まる。まったくもってアルの言う通りだった。  もしも、アルが世間話でもするように軽い口調で言っていなかったら、アレッシオはアルとこういったことをしようとも思わなかっただろう。それだけではなく、日常生活の中でもアルを避けるようになっていたかもしれない。  重たい気持ちをアレッシオに向けるのは、今も昔もトマゾ1人で十分だ。  アレッシオはしんみりした気持ちを無理矢理忘れるために、アルのボクサータイプの下着から性器を取り出し、徐に口付けた。   まだ柔らかな感触のそれに、舌を這わせると、頭上でアルが息を飲む音が聞こえた。 「積極的だね、子猫ちゃん」  アルの指が下肢に顔を埋めるアレッシオの頬を撫でる。  こんな時でもいちいち余裕があるアルの話し方が、アレッシオは気に入らなかった。 「うるせぇ、ん……っ、黙ってされてろ」  それ以上の言葉を封じるように深く屹立を咥内に迎え入れる。唾液を絡ませた舌で掬い上げるように舐め、わざとらしく音を鳴らしながら吸うと、ピクリとアルの体が震えた。  アレッシオの咥内のぺニスも徐々に芯を持ち、先端からジワリと先走りを滲ませつつある。咥内を占めるアルのモノは、同じ男として悔しくなるほど立派で、愛撫をするため限界まで開けたアレッシオの顎がギシリと軋んだ。  頭を前後に振りながら、深く、浅く出し入れを繰り返す。 「ん、う゛……む、っ……はぁ。……顎痛ぇ」  呼吸の合間にそうアレッシオが呟くと、その頭上でクスリと忍び笑いが溢れた。 「それはもしかして褒めてくれてるのかな、子猫ちゃん?」 「褒めてねぇよ」 「残念。俺のが大きいって褒めてくれたのかと思ったよ」 「はっ、言ってろ」  アルの冗談を鼻で笑うと、アレッシオは屹立を再びくわえこんだ。鈴口辺りから滲む先走りが、アレッシオの唾液と絡まりポタポタと床に落ちていく。 「っ、いいよ、子猫ちゃん。最高だよ……」  甘く熱い囁きが、更に浴室内の淫蘯な雰囲気を濃くする。  アルコールも手伝って、アルのをしゃぶっているだけのアレッシオのものも腹につくほど反り返っていた。中途半端に引っ掛かり締め付けるパンツが痛い。  ――ああっ、クソッ!! 酒のせいだ!!  自棄を起こしたようにアレッシオは片手で荒々しく自身のズボンと下着をずり下ろした。何もかも酒のせいなのだと言い聞かせ、ジュル、とアルのペニスを啜る。 「子猫ちゃん、腰が揺れてるよ?」  アルに指摘されずとも、アレッシオは自分の腰が揺れていることなどとっくに分かりきっていた。しかし、揶揄い混じりに指摘されるとは癪だ。 「う、るせっ……ん、黙って……しゃぶられてろ……、ん゛ぅ……」  とっととイかせてしまおうと、追い込みをかけるようにアレッシオはアルのぺニスを音を立ててしゃぶる。ジュルジュルと粘着質な音を響かせながら、決して美味くもない先走りを啜り、そのまま嚥下した。  その間にも、アレッシオは何かのタガが外れたように自身の腹につくまでに反り返ったぺニスを片手で慰める。弱い亀頭を指の腹で捏ね回し、鈴口から溢れる先走りを掻き出すようにすると、堪らなくイイ。 「っく、ふふ……奉仕されるだけなのも悪いし……、俺も、君を気持ちよくしてあげるよ」 「な、やめっ……ん゛んっ、う……それ、されっと……も、イッちま、う……く、ぁ」  アレッシオの恥態を見下ろしていただけのアルがやる気をみせ、プクリと淫猥に勃っていた胸の尖りを摘んだ瞬間、アレッシオはガクガクと腰を揺らしながら達してしまった。  ビュクビュクと噴き上がる白濁が、アレッシオの腹と手を汚していく。 「っ、くそ……」 「イッちゃったね、子猫ちゃん?」  見下ろすアルの瞳に、揶揄いの色が浮かぶ。まだ余裕の窺えるその顔から余裕を剥ぎ取ってやりたい。そんな気持ちがアレッシオの中から込み上げてくる。 「う、るせぇ……そこ、座れ。最後までするんだろ?」  アルを浴槽の中に引きずり込んだアレッシオは、アルを浴槽に座らせ、代わりに自身が立ち上がると膝辺りで絡まっていたズボンと下着を脱ぎ捨てた。ついでに中途半端に脱がされていたシャツも、床の上に放る。  そうして、一糸纏わぬ姿になると空の浴槽に座るアルの体の上に跨がっていく。 「へぇ、こっちも子猫ちゃんがしてくれるのかい?」 「主導権握られんのが、嫌なだけだ……っ、く……」  既に十分な硬さのアルのペニスを手を支えながら、まだ解れてない後孔に宛がった。自重を使い、腰をゆっくりと下ろしていくと後孔の縁をめりめりと押し拡げ、アルの熱塊が潜り込んでくる。  串刺しにされているような痛みと圧迫感に、アレッシオの口から呻きが溢れる。 「う゛ぁ……っ、あ゛……きつっ……」  額には脂汗が滲んでいたが、それでも構わずに腰を沈めていく。  心地良いだけのセックスは、今のアレッシオには必要ない。アレッシオが欲しいのはトマゾだけを置いて助かってしまった自分に対する罰になりうる、“痛み”だ。  それをアルも理解しているからこそ、アルはただされるがまま。アレッシオの後孔に熱塊が呑み込まれていく様子を見守るだけだった。  時間をかけながらゆっくりと呑み込み、アレッシオの双丘にアルのズボンの布地が触れた。隙間なく、くっついた体。腹の奥で、アルの熱と圧迫感を感じる。 「子猫ちゃん、辛くないかい?」 「これ、ぐらい……平気、だ……ぁ、ぐっ……」  繋がった先から性急に体を揺らすと、裂けてしまいそうな痛みに襲われ、アレッシオは彫りの深い顔を歪めた。額には我慢するあまり、脂汗が滲んでしまっている。  しかし、アレッシオの抱かれ慣れた体は、それが一過性のものであることを知っている。痛いのは、無理矢理繋がった初めの方だけ。こなれてしまった体は、直ぐに内側を貫くものをもっと深く味わおうと、貪欲に蠢きだすはずだ。  それでは罰にならないと分かっているからこそ、アレッシオは中が慣れてしまう前に性急に動き出した。 「う゛っ、く……んんっ――」  内壁がギチギチにアルの熱杭を締め付け、動かすほどにひきつれるような痛みがアレッシオを襲う。それを歯を食いしばって堪え、アレッシオは腰を揺すった。 「っ、く……アレッシオ……、俺も痛い、んだけど……っ、う……」 「う、るせぇ……ん、なの……っぐ、……堪え、ろ……よ」 「は、ははっ……横暴、だ。でも、そこが君の、可愛いところ……なん、だけどね」  潤いの足りないアレッシオの後孔は、アルの熱杭を食い千切らんばかりの力で締め付けている。そうであるから、アルの言葉通り、アルにも相当な負荷が掛かっているはずなのだが。彼の言動にはまだまだ余裕があるようにみえる。  唯一、彼も苦しいのだとわかるのは整った眉が中央に寄せられているところくらいだろうか。 「ち、くしょ……ッ、涼しい顔……しやがって……ん」  こんな所でも、アレッシオの負けず嫌いは発揮されるらしく、腰を持ち上げ引き抜いては、腰を落としアルの性器を一息に吞み込むを繰り返す。時折、ぐりぐりと捩るように腰を捻り揺すると、アルが息を呑むのが聞こえた。 「……これでも、結構耐えてる方だよ……。子猫ちゃんの中、キツくて……でも、温かくて柔らかくて――油断してると、すぐにでも持っていかれそうだ……」  荒い吐息の合間合間に、アルに囁かれる。アルの言う通り、アレッシオの中に突き立てられているアルの剛直はこれ以上にないくらいに張り詰めていて、どうにかすると脈動すら感じられそうなほどであった。 「はッ、……なら、我慢せずイケば、いいだろ……、が……っ、ぐ」  苦痛に歪んだ表情を無理矢理笑みの形に変え、自身の優位性をアピールするかのようにアレッシオはアルの上で身をくねらせる。  ある程度解れた内壁でアルのモノを締め付け。浅く、深く、抽挿をある程度アレッシオの方で調整しながら動いていると、見下ろすアルの深いグリーンの瞳に悪戯気な色が浮かんだ。 「それは、少し男として情けない……からね。……というわけで、こちらも動かせて、もらうよ」 「は? っあ、止め――う、ああッ!!」  アレッシオがまだ状況が吞み込めていない内に、それまでアレッシオにされるがままになっていたアルが下から突き上げ始める。それと同時に、芯を持ち始めていたペニスを握られ5本の指を使って根本から亀頭の先まで余すことなく扱き立てられ、アレッシオの口から悲鳴のような声が上がった。  ただでさえ、快楽に弱いというのに。中からと外から同時に攻められたら、痛みよりも快感の方が勝ってしまい罰の意味がなくなってしまう。 「あ、ああッ!! 勝手、に……う、ごくなッ……ひ、うっ……んん!!」  非難を込めた瞳でアレッシオが睨みつけるも、返ってきたのはアルの声ではなく下からの突き上げで。何とか再び自分の方が優位になるように、とアレッシオが腰を浮かそうとするも、アレッシオの性器を握る手とは別のアルの手がアレッシオの腰を掴んでいて離さない。  平素であれば、アルの片手での拘束など簡単に解けるのだろうが。与えられる快感で萎えてしまった脚では、それすらも難しかった。  いくら大きいと言えど、バスタブの中に男2人というのは狭く。動く度にどこかしらぶつけるのだが、その狭さがかえって興奮を煽る要素の1つになっていたのは確かだ。動きが制限されている分、単調な上下の運動には違いないのだが。単調であるからこそ、内壁でアルの性器の硬さや、しっかりと広がった笠の形状までもまざまざと感じられてしまう。  根を張ったかのように竿に走る血管や笠の部分でごりごりと前立腺を抉られ、アレッシオの背が幾度もしなる。楔のようにアレッシオの中深くに居座るアルの性器に、火照った粘膜を掻き混ぜられていく。 「あ、ああっ……く、そッ!! 酒、飲んでんのに……。んで、そ……なに、元気なんだ、よッ!!」  酔っていると勃ちにくいとは聞いたことがある。この部屋に訪れた時、アルの呼気からアルコールの匂いがしたことから、ここに来る前から1人で飲んでいたであろうと予想がつくのだが、それにしたってアルのそこは元気すぎやしないだろうか?  揺さぶられながら、悪態づくとアルは快感に薄っすらと目元を赤く染め上げながら言った。 「生粋の、イタリア人だからね……。最早、酒が血のようなものさ……」 「アホ、か……ッ、このアル中――ひ、あんんッ!!」  アレッシオの罵声は、又してもアルの下からの腰に響くような激しい突き上げで嬌声に変わってしまう。余裕のある口ぶりに反して性急なその動きをからかうだけの余裕は、アレッシオに残っていなかった。  ガクガクと揺さぶられ、擦り上げられ。確実に、絶頂へと押し上げられていく。仰け反らせた喉から低く艶めいた喘ぎを溢しながら、アレッシオはアルの肩に爪を立てしがみ付いていた。 「は、ぁ……も、無理ッ……イ、く――あ、ああぁあッ!!」 「ぁ、く……子猫ちゃん、そんなに締められると……ッ、う……」  瞼の裏でパチパチと光が弾ける中、アルの低く呻き。そうして、アレッシオの中のアルが大きく脈打ち震えながら、白濁を吐き出すのを感じた。柔らかく蕩けたアレッシオの内壁を熱いそれが勢いよく叩き、満たしていく。 「は、……ハァッ、ッく。……中で、おもっ……きし、出しやが、……って……」  息も整わないまま、アレッシオはそう不満を溢した。後々の処理の面倒くささを、もう考えているあたり余韻もへったくれもない。しかし、アルはアレッシオのそんな言動も特に気にしていないようで。情事の後の特有の気だるげな雰囲気を纏いながら、アレッシオを悪戯っぽい瞳で見上げた。 「ん、……すまない子猫ちゃん。……けど、子猫ちゃんが、あんなに締め付けるのが悪いんだよ?」 「はぁ? 好きで締め付けたわけじゃねぇ、っての。だからお前が悪――」  誤解を招くようなアルの言い方に、アレッシオが講義の声を上げているその時だった。不意に、バスルームの扉が開いたのだ。それも、内側からではなく、外側から。 「な、何をしてるんですか!?」  扉が開いた直後、困惑しきった声が上がった。その神経質そうな、言葉遣いと口調にはアレッシオも聞き覚えがある。  驚愕に見開かれたピンク色の瞳に、寝癖一つない指通りのよさそうな青い髪。右耳に比べ、外耳上部が半円型に抉れてしまった左耳。  有名ブランドのロゴが胸元に入ったスーツは皺一つなく、きっちり隙間なく留められた襟の釦からも、彼の几帳面で神経質な性格が窺える。  そう、扉の向こう側に居たのは、今朝方アレッシオに口調こそ丁寧なものの内容は散々な暴言を吐いた、エンツォだった。  「“何”って……、見ての通りだけれど? 君はそんなことも分からないのかい?」  見られて気恥ずかしい、といった感情は持ち合わせていないのか。アルが実に堂々とした様子で言う。すると、扉を開け生々しい光景を目撃した直後は固まっていたエンツォが、ようやくその衝撃から立ち直ったらしく。ピンク色の不思議な虹彩の瞳を、これでもかと言わんばかりに吊り上げた表情で、アルを睨み付けた。 「ッ、それくらい私にもわかります。それよりも、さっさと服を着て頂けませんか? 貴方達の貧相なものを見せられている私の身にもなって下さい」  貧相も何も。見たくないのならば、そもそもエンツォが回れ右をして、今すぐに出ていけばいいだろうに。  そう思ったアレッシオだったが、口にしたが最後。エンツォのことであるから、嫌味をぶつけてくるのは分かりきっていたからこそ、口をつぐんでいたのだが。アルには、そういった考えはなかったようだ。 「なら、お前が部屋から出て行けばいいだろう?」  アレッシオが言いたかった言葉を一言一句違わずにエンツォにむかって吐き捨てたアルに、アレッシオは頭痛を感じた。  アルの一言を聞いたエンツォはというと、案の定、というべきか。彼は白い肌を怒りで赤く染めたまま、東洋でいう般若の如き形相でアルを見ていた。 「ッ、本当ならそうしたいところですが、ボス代理に用事がありましてね」  そう言ったエンツォの顔が、アレッシオを向く。ついでに、ギロリと睨まれ、怒りの矛先がアレッシオ自身にも向いているのをひしひしと感じた。  完全に、とばっちりなのだが、それを説明するにしても今のエンツォが素直に聞いてくれるとは思えない。それ故に、アレッシオは理不尽さを感じつつも口を閉ざしていたのだが、またしてもアルが空気の読めない発言を落とした。  「へえ、奇遇だね。俺も、まだ彼に用事があるんだよ。ねえ、子猫ちゃん?」  空気が読めないだけなのか、はたまたエンツォの神経を逆撫でたいがため、わざとそういった言動をとっているのか。明らかに、アルの場合は後者であるような気がした。  これ以上共にいて、とばっちりを食うのはアレッシオとしても御免被りたいところである。そうであるから、さっさと繋がったままのアルの上から退こうと思ったのだが、いつの間にかアルの手が、がっしりとアレッシオの太ももを掴んでいて、立ち上がろうにもそうすることができないばかりか。  アレッシオの中で再び芯を持ち始めたアルの性器で、散々嬲られた内壁をゆるゆると擦り上げられ、アレッシオは狼狽した。 「ちょ、……ん、ふ、ざけん……な、何、また大きくしてやが――ッ!?」 「こんなにも魅力的な君が相手なんだ、1回だけで治まるはずがないだろう?」  ちっとも嬉しくない褒め言葉と、アレッシオの中で今この瞬間も徐々に体積と硬度を増していっているアルの性器に、恥ずかしいやら、呆れるやら、腹立たしいやらで、アレッシオの顔が真っ赤に染まる。そうして、次の瞬間。  ゴッ!!  と、鈍く痛々しい音が室内に響いた。 「い゛ッ―――――ッ!!」  言葉にならない叫びを上げながら、アルはアレッシオから手を離し、自身の頭を押さえていた。先程の音は、アレッシオがアルの頭目掛けて拳を振り下ろした音だったのだ。  エメラルド色の瞳には、涙すら浮かび。その衝撃が彼にとってどれ程痛いものだったのか、言葉にせずとも伝わってくるようである。  アルが、文字通り悶絶している隙にアルの上から退いたアレッシオはバスタブの外に脱ぎ捨てたままだった、ワイン色に染まってしまったシャツを手にし、取り敢えず前を隠した。立ち上がった際に、アルが中で吐き出した精液がドロリ、と零れ。内腿を伝うその不快さが、更にアレッシオの心をささくれ立たせる。 「この、絶倫野郎ッ!! 色情魔!! そう何回も、馬鹿みたいなアンタの性欲に付き合ってられるか!! つーか、さっさと出て行け!! 」  バスタブの中で未だに頭を押さえ蹲ったままのアルに、言いたい放題口汚い詰りをぶつけ。そうして、アレッシオは怒りが治まらぬまま、キッとエンツォを睨み付けた。 「んでもって、エンツォとかいったか? アンタは少し部屋の外で待っててくれ。すぐ、服着替えてくる」 「え、ええ。分かり、ました」  アレッシオの剣幕に圧されたのか。エンツォは小言の一つも忘れ、あっさりと頷くとそのままバスルームから引き上げていった。  漸く痛みから立ち直ったらしいアルも、そんな気分ではなくなったのか。大人しく萎えてしまった性器をスラックスにしまうと、やれやれとばかりに肩を竦めた。 「まったく、子猫ちゃんは手荒いね。まあ、そこも魅力の一つなんだけど」 「……冗談言ってる暇があんなら、さっさと出て行けって」  アレッシオとしては手加減無しに殴ったつもりなのだが、アルにはまだ冗談を口にする元気があるようだ。そのタフさに呆れ半分、疲れ半分といった表情でアレッシオが再度退室を促すと、アルは「じゃあね、子猫ちゃん。いい夢を」と、最後まで気障な様子で去っていった。  1人残ったバスルームで、アレッシオは疲れた様子でへなへなとタイル張りの床の上にへたり込む。エンツォが来た事で、無理矢理立ち上がったが、久々のセックスに足腰は正直ガクガクであった。おまけに、アルの長大なものを受け入れていた後孔も鈍く痛んだままで、この後馬の合わないエンツォとの話があるのかと思うと、憂鬱な気分になる。  しかし、このままエンツォを待たせていても、アレッシオの得なるような事はない。寧ろ、エンツォの嫌味が増えるだけだろう。  ――仕方がない、か……。  そう、自身の中で折り合いを付けると、アレッシオは疲れた体で後処理を始めるのだった。      

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