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act.04  fantasma―亡霊―

20XX年5月4日 午前10時27分 イタリア南部 プーリア州バーリ  ニコロファミリー本部会議室  だだっ広い会議室の真ん中で、5人の男達が揃いも揃って辛気くさい表情のまま顔を付き合わせていた。  話がある、とカポと暫定ボスのアレッシオがロレンツォの一声によって集められたのは30分ほど前の事になる。  会議室ど真ん中の厳めしい椅子に腰掛けたアレッシオの前には、エスプレッソが高そうなカップに注がれ置かれていた。が、高い豆を使っているんだろうその味も、今ばかりは苦味ばかりが舌を刺し、美味いと感じられたものではない。  もはや飲む気すら失せ、半分以上残ったそれを自身から遠ざけながらアレッシオは口を開いた。 「で、いつになったら話し始めるんだ?」  アレッシオの声に、アレッシオから見て左側ーー2人掛けソファーに深く腰かけていたロレンツォが、深い溜め息を溢す。 「今、言おうと思っていたところさ。ただ、俺自身もまだ完全には呑み込めてなくてね」  頭が痛い、といった表情でロレンツォがエスプレッソを啜る。冷えたそれの苦味に、ロレンツォもまた顔を顰めた。 「パスクァーレ、報告を」 「あいよっ、と」  ロレンツォの声に今までふんぞり返るようにして3人掛けソファーのど真ん中に陣取っていたパスクァーレが、それまで自分の隣に置いていた資料をぞんざいな手つきで中央の机の上に放った。  バサッ、と広がった紙の束。アレッシオやアル、エンツォはその中から徐に1枚取り出し、目を通す。本当ならば資料すべてに目を通すべきなのだろうが、とてもそんな気分になれなかったのだ。それに、詳しいことは、今からパスクァーレがする話を聞いていれば十分だろう。  いつもはヘラヘラとしまりのない顔つきをしているパスクァーレだが、今回ばかりはおふざけをいれる気分でもないのか真面目な表情のまま喋りだした。 「アンタ等が出会ったカヴァルカンティについて調べてみた」 「有力な情報は掴めたんでしょうね? あれからここ数日の内に、数十人の死傷者が出てしまっているんですよ」  苛立ちを隠せないといった声で言ったのは、長机越しにアレッシオの対面に座っていたエンツォだった。  アレッシオ達があのキチガイ2人組と一戦まじえた《ディ・マーレ》からバーリへと戻ってきて、1週間以上が経過しているが、その1週間ちょっとのうちにニコロファミリーの下部組織が襲われるといった事件が確認できているだけでも十数件起きていた。死傷者も少なくなく、このままいくと離反したいという下部組織が出てきてもおかしくない状況だった。 「“勿論”と言いたいところなんだけどな……」  歯切れの悪いパスクァーレが、短いオレンジ色の髪を掻き混ぜた。ふざけているように見えて自身の仕事に誇りを持っているパスクァーレからすると、納得のいく成果が上がらないことに関して苛立ちを感じているらしい。 「君が調べられた所まででいいから、報告を」  ロレンツォが促すとパスクァーレの口から、ハアァ、と重たい溜息がこぼれた。 「はいはい。で、結論から先に言うと、確かにカヴァルカンティファミリーはある。ーー、いや、あったと言うべき、だな」  パスクァーレの発した過去形での言葉に、アレッシオは不味いエスプレッソを口にした時のような苦味を感じていた。  優秀なパスクァーレが掴んだ情報であるからガセではないと分かるものの、 「“あった”? 今は“ない”ってことか?」  と、アレッシオが確認を求めると、パスクァーレがカクンと頭を垂れて口を開いた。 「ああ。20年前に壊滅してる」 「壊滅したファミリーの亡霊達が襲ってるってか?」  ハッ、とアレッシオが鼻で笑う。それこそ馬鹿な話だ。 「亡霊、ならまだよかったかもしれないね。でも、襲撃を仕掛けてるのは明らかに生身の人間だ」  言いたいこと全てを代弁してくれたかのようなアルの言葉に、アレッシオは「だな」と短く相槌を打った。死傷者が出ている以上、亡霊の仕業であるはずがない。それに、アレッシオ達は≪ディ・マーレ≫でカヴァルカンティを名乗った明らかに生身の2人組を実際目にしているのだ。 「生き残った者からの情報では、あのキチガイ達が何枚も噛んでるのは間違いなさそうですがね」  まだあの時の屈辱が尾を引いているのか、エンツォが忌々しそうな声でそう言った。  エンツォの取り纏める下部組織も襲撃にあったらしく、情報を探りに行った際、病院で重症ではあるものの一命を取り留めた者が口を揃えて「頭のおかしい2人組にやられた。1人は化け物みたいに大きく、頭に狼の刺青があった」と証言したらしい。  一度見たら忘れられないような強烈な印象の男が、そう何人もいるはずがない。十中八九あの2人組とみて間違いないだろう。 「なあ、ロレンツォ。あいつ等がカヴァルカンティを名乗りウチばっかり狙うってことは、何かしらあるんじゃねぇのか?」  アレッシオが手に持っていたままになっていた資料をひらひらと動かしながら――恐らく、この場で一番ニコロファミリーの内情に詳しそうなロレンツォへと視線を向けた。  が、 「カヴァルカンティ、ね……。確かに、あるにはあるんだろうけれど……」  ロレンツォから返ってきたのは、アレッシオが期待していたようなものではなかった。 「はっきりしねぇな。カヴァルカンティについて何か知らないのか?」  せっつくアレッシオに、ロレンツォが緩く首を振り、濃い紫色の長い髪が重たく揺れる。 「……カヴァルカンティがまだ存在していた頃、カヴァルカンティのボス――テオバルドとニコロは親友と呼べる間柄だった、ということくらいしか知らないんだよ。すまないね。あの頃、俺はまだマフィアではなかったし、たまに医師としてニコロのもとに訪れるくらいだったから詳しい理由は知らないんだ。ただ、ちらりと聞いただけだが、ニコロとテオバルドが何らかの理由で仲違いをして――その後、テオバルドのカヴァルカンティが壊滅してしまったらしい」 「ボスがカヴァルカンティを潰したのか?」  俄かには信じがたい言葉に、アレッシオは誰にぶつけるわけでもなく疑問を溢していた。確かにニコロファミリーは歴としたマフィアで、善か悪かと問われると、悪であると思う。  が、理由もなく他組織を丸々一個――それも親友と呼べるほどの間柄だった男が頭の組織――を潰すだろうか?  下っ端の立場でしか見てきていないが、少なくともアレッシオが属するこのニコロファミリーはそういったことをするとは思えなかった。 「世間的に見たらそういうふうにとられてもおかしくはないね。けど、違うんだろ?」  確信を持ったような響きでアルがパスクァーレへと視線を投げかける。アルの視線を受けたパスクァーレが、「ああ」と短く答えた。 「ルチアーノなら知ってるんじゃないかと聞いてみたんだが、事実は全く違うみたいだな」 「ああ、なるほど。確かに、ルチアーノだったら俺より詳しいことを知っているだろうね」 「ルチアーノ? 誰だ、それ?」  ロレンツォは何か納得したようだったが、聞いたことのない男の名前を出されてもアレッシオにはわからない。一体どんな人物なのだろうか、と首を傾げているとアルがアレッシオのそんな様子に気が付いてくれた。 「そういえば、子猫ちゃんはまだ顔を合わせたことがなかったね。彼は、ニコロファミリーの暗部を引き受けてくれているカポだよ。そして、――ニコロの実弟でもある」  子猫ちゃん呼びはどうにかならないかと思うものの、説明してくれるのはありがたかった。アレッシオは複雑な表情でアルの提供してくれた情報を頭の中で反芻させる。  確かに、ニコロの実弟ならば、この場にいる誰よりもファミリーの内情に詳しいだろう。身内であり且つ、暗部のカポであるルチアーノという男自身に興味も湧くが、今はそれよりもカヴァルカンティとニコロファミリーのことについてだ。  アレッシオが自身の好奇心に蓋をしたところで、パスクァーレが続きを話し始めた。 「で、ルチアーノから聞いた話だと……確かに仲違いはしていたが、ニコロファミリーがカヴァルカンティに兵隊差し向けたってことはない、って断言してたぜ。寧ろ、カヴァルカンティが別組織から襲撃受けたってきいて援軍寄越したらしい。ま、でも援軍到着した頃には既にカヴァルカンティの本部は壊滅。元々小規模だったこともあってボスも兵隊も、女子供もほぼ皆殺しだったらしい」  アレッシオの眉間に皺が寄る。 「えげつねぇな」 「禍根を残さないため、とはいっても後味の悪い話ですね」  嫌悪に塗れた呟きが、アレッシオとエンツォの口から転がり出ていた。  アレッシオ自身今更、人殺しは悪い、など綺麗事は言わないし、何人も命を奪ってきている身としてはそういったことを言う資格も無いと思っている。が、やはり、する必要性のない殺しはできる限り避けたいと思うし、何より力のない女子供を殺すほど腐ってもいない。  それは、アレッシオ以外の幹部達も同じだったらしく、パスクァーレも含め皆苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

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