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act.04
普段場を盛り上げたり空気を変えたりとしているパスクァーレも今ばかりはそうする気力がないらしい。項垂れたまま、
「唯一生き残った女の子が居たみたいで、そっちも調べたが……ピエモンテの女子修道院に預けられたってことまではわかったんだ。しっかし、それからぷっつり情報が途切れてやがってよー」
と報告をすると、冷め切ったエスプレッソを自棄酒のように一気に煽っていた。
「こうなること見越してアイツ等名乗りやがったんなら、やっぱ油断ならねぇな」
「本当に、見た目に反して策士だね。まぁ、誰かの入れ知恵って線もありうるけど」
確かに、アルの言う通り。あのシルヴィオと名乗った青年も“ボス” の存在を口にしていたから、バックに誰かしらいるのだろう。
がーー、
ーー入れ知恵があるにしちゃあ、戦い方が無謀つーか……。
アレッシオの脳裏に、あの強烈な2人組が甦る。
もし、後ろにいる人間の入れ知恵だけで動いているとしたら、ああも自身を危険に晒すような戦い方をするだろうか。
それに、対峙した瞬間の機敏さや、先の先を読んだような行動は入れ知恵だけでは出来ないーーそれこそ、戦い慣れた上に狡猾でなければ到底無理な芸当だった。
考えたくはないが、あのキチガイ2人組は頭がキレる類いの人間だ。分かりたくない事実をアレッシオが静かに確認したところで、「それで、今後の対策はどうすんだ? やられっぱなしのままでいる気はねぇんだろ?」と、ロレンツォに視線をやった。
「勿論。相手が分かれば直ぐにでも仕掛けるさ。けど、何も分からない今は襲撃に備えて下部組織にある程度人員を充てるとか、離反しないように働きかけるくらいしかないっていうのが歯がゆいよ」
言葉と呼応するように、ロレンツォの膝の上で組まれていた手指に力がこもる。
「現状維持しつつ情報収集するってことか。早めに決着つけねぇと、やばいのはこっちだな」
あまり喜べない状況をアレッシオが冷静に見つめていると、長い脚を優雅に組んだアルが肩を竦めて言った。
「子猫ちゃんの言う通りだ。幾ら金を掴ませても、裏切る人間は裏切る。悲しいことに、ね」
「不本意ですが、既に一件あってますからね。見せしめも含めルチアーノ達に任せましたが、襲撃が続けば脅しも金も効果がなくなります」
そう言って、エンツォはむっすりとした表情で押し黙った。アレッシオもその一件の報告を受けているが、どうにもエンツォの管轄内の下部組織で起きた件らしく、彼なりに気にしているのが表情から窺えた。
薬 が効いている内は離反の心配は少ないだろうが、所詮そういったものの効き目は期限がある。
かのフランスの独裁者の恐怖政治が1年も保てなかったのと同じように、恐怖による抑圧は反感を生む。それに、金も与え続ければ効果が無くなるどころか、毒にさえなり得る。
ーー俺らが敵さん、引きずり出すか。それとも、こっちが先に倒れるか……競争ってわけだな。
今のところアレッシオ達には有利な点など一つもないが、それでもこの勝負から降りるわけにはいかないだろう。なんせ、こちらはアレッシオの命だけでなくファミリー全員の命運がかかっているのだ。
面倒事は好きではないアレッシオだが、スリルや勝負事は嫌いではない。寧ろ、勝ち目が低ければ低いほど、ひっくり返してやろうという気になる。
――そっちがその気なら、やってやろうじゃねぇか。
1人闘志を燃やしていたアレッシオだったが、どうやら負けん気が強いのは自分ばかりではなかったようだ。
「こっちでも引き続き探ってみるしかねぇな。ってか、負けっぱなしは性にあわねぇ」
パスクァーレが、自身の右掌に左拳を打ちつけながら言った。アンバーのような色の瞳が、ぎらりと不敵に輝く。頼もしい同僚の様子に、アレッシオだけでなく他の3人も口の端を上げていた。
だいたいの今後の方針が纏まったところで、パン、とロレンツォが手を打った。
「それじゃあ、今日はこれくらいで解散しようか。次は、ルチアーノやヒシギも交えて話をしよう」
閉会を口にした彼は、いの一番に部屋を出て行ってしまった。それに続くようにパスクァーレがソファーから立ち上がり、やる気十分といった様子で腕を回しながら部屋を出ていった。
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