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act.04
「さて、と」
アレッシオも2人の後に続こうとしたのだが、席から立ち上がったところで「子猫ちゃん、ちょっといいかな?」とアルに話しかけられた。
「あ? なんだ?」
浮かしていた尻を、人肌に温もった椅子の上に戻しながらアレッシオはアルへと視線を向ける。
「今日のこれからの予定はどうかな、と思ってね」
気障ったらしくパチンとウインクとともに寄越された言葉に、アレッシオは顎を擦る。情報収集を、とは考えていたが具体的にこれから何をしようか、というのは自室に戻ってから詰めようと思っていたところで特別急ぐものでもない。
ボスの仕事も、まだアレッシオに任されるものは少なく、午前中の間にロレンツォと共に済ませてしまった。
「今日の予定……、今のところなかったと思うが……」
アレッシオの返答に、アルがそれは嬉しそうに目を細めて笑う。
「それはよかった。これから一緒に出掛けないかい?」
まるでデートにでも誘うような、――いや、デートそのものに誘うようなアルの提案にアレッシオは痛むこめかみを指で押し、疲れた声を出した。
「お前なぁ、さっき情報収集頑張りましょう、ってことで解散したばっかりだろ。遊ぶ暇があんなら、そっちを優先するべきだろ」
ハァ、とあからさまな溜息を吐き、アレッシオは今度こそ席を立ち上がり、扉の方へと足を踏み出した。聞くだけ無駄だと判断したからだ。
しかし、その背に再びアルの声が掛かる。
「遊びと仕事、両立できないわけじゃないよ。仕事も兼ねてのデート、だからね」
「は?」
アルの言葉に、アレッシオが振り向く。アルは、アレッシオを見つめて、相変わらず老若男女が見惚れるような色っぽい笑みを浮かべていた。
「どういうことだ?」
アルの企みにまんまと嵌ってしまったようで面白くないが、アレッシオはそう尋ねた。
アルはアレッシオの質問に、気を良くしたようで、フフッ、と笑い声を溢すと口を開いた。
「要はね、折角出かけるんだから見回りと情報収集、デートをいっぺんにこなしてしまおう、ってことさ。因みに、俺が統括してるのは、輸送や密輸関係だけじゃないよ。実はね、カジノなんかも幾つか持ってるんだ。デートにぴったりだろう?」
両立、とはそういうことか。アレッシオはなるほど、と納得すると共に、寄越されたウインクを鬱陶しがるように手で追い払う素振りをした。
この数日間共にいるようになって、アルのことは嫌いではなくなったが、やはり苦手だ。気障なところもそうだが、何よりアレッシオが苦手だと感じているのは、こうやって先回りをしたような言動だった。考えすぎかもしれないが、どうにも掌の上で踊らされているように感じてしまうのだ。
複雑な表情のまま、「行く」とも「行かない」とも答えられないアレッシオ。見つめてくるエメラルド色の瞳に居心地の悪さを感じていると、アルとは別の方向から声がした。
「少しいいですか?」
いいですか、と聞きながらも有無を言わせぬその声の響きに、アレッシオの視線が自然と声の方向へと向く。そこには、まだソファーに腰を下ろしたまま脚を組んだエンツォがピンク色の神経質そうな瞳でアルを見据えている。
てっきりアルと話している間に部屋を出て行ったものと思っていたのだが、まだ残っていたことを考えるとアル、若しくはアレッシオ自身に用があって残っていたのかもしれない。
助かったと思う反面、面倒事の予感が今の時点でひしひしとしている。現に、話の腰を折られたアルが、ひくりと口元を戦慄かせるのがアレッシオの視界に入ってしまった。
「……今、子猫ちゃんと今日の予定の話をしていたんだけど。君は、見えてなかったのかな?」
アレッシオに話しかける時とは違いワントーン低い凄みの聞いた声で、アルがエンツォに問う。しかし、天敵であるエンツォがそれしきのことで怯むはずもない。
「見えていて、話しかけたんです。それが何か?」
さも当然といったように返したその言葉に、アルの眉が跳ね上がるのをアレッシオは見逃さなかった。
あ、まずい、とアレッシオが思った瞬間にはアルがエンツォにいつの間にか抜いたコルトガバメントの銃口を向けていた。勿論、エンツォの手にもグロックが握られていて、その銃口はしっかりとアルの頭を狙っている。
「君、俺と子猫ちゃんの仲を邪魔をするつもりなんだね?」
「邪魔も何も、始まってすらいないものをどう邪魔しろと?」
「やっぱり、君は嫌いだよ」
「それはどうも。私も、貴方のことは嫌いですからお互い様ですね」
銃口を向け合ったままされる低レベルな応酬に、アレッシオは呆れを覚えていた。毎度毎度よくやる、と変な意味で感心してしまう。
「おい、喧嘩するなら他所でやってくれ」
疲れた声でそう言い、追い払う仕草をする。
アルが「ああ、ごめんね。子猫ちゃん」と、ようやく銃を仕舞った。
どっと疲れたアレッシオは、今日何度目になるか分からない溜息を吐き――
「それで、何か用事があるから話し掛けてきたんだろう?」
と、エンツォに話の先を促した。
銃を仕舞ったエンツォが、ええ、と頷き口を開く。
「管轄地の様子を見に行くのでしょう? 私達も同行させてもらいますよ」
エンツォが発した言葉に、先ほどとは違う緊張が走る。先ほどのアルとエンツォには、互いに銃を向け合っていてもどこかじゃれている様な空気があった。しかし、今度のは違う。互いに腹の底を探り合い、返答しだいでは血を見ることになりそうな――そんな嫌な空気だった。
「それは、俺を疑ってのことかい?」
一切の感情を取り払った冷たい宝石のようなアルの瞳が、エンツォを映していた。見ているだけのアレッシオだが、喉がひりつく。エンツォは、なんと答えるのだろうか?
気になって、目を逸らすことすらできずに見守っていると、エンツォがフゥ、と溜息を吐いた。
「いいえ。貴方が裏切るような人間でないことは知ってます。個人的には貴方のことは嫌いですが、ね」
付け加えた一言はどうにも余計である気がしたが、エンツォが素直に他人を褒める、というのも気持ちが悪い。
それに、エンツォが口にした後半はともかく、前半は正解だったらしく、アルの周りの張り詰めていた空気が緩み――そうして、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたアルが「それは、どうも」といつもの軽口で返していた。
仲が良いのか、悪いのか。少なくとも、後者ではないとは思うが、2人とも素直ではなさそうであるから認めるのすら癪なのだろう。
つくづく難儀な性格だ、などと思いながら、アレッシオはもう1つ引っ掛かっていることを口にした。
「“私達”っていったよな? 他に誰か来るのか?」
アレッシオの疑問に、エンツォが、ええ、と頷く。
「私の直属の部下になります。まぁ、多少のクセはありますが、仕事の出来るイイ子ですよ」
アレッシオから見てクセだらけのエンツォの言う、“多少のクセ”とはどの程度の物か気になるところだが、恐らくこの様子だと“会わない”という選択肢は用意されていないのだろう。
アレッシオは溜息を吐きそうになるのを飲み込んで、「へぇ」と返すのがやっとだった。
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