2 / 157
第2話
部署に戻れば、午後からの外回りに出かける同僚に声をかけ真田は自席へ戻ろうと急ぐ。
それを目で追っていた部長の視線とぶつかり、来い来いと手招きされ近寄れば大きな腹の上で腕組みをし眉間に皺を寄せた。
「何でしょう、高居部長」
椅子を反転させガラス越しに寄り立ち、外を見つめる。
つい先程、ポストカードのような光景を目に焼き付けてきた真田は、同じような光景でも人が違うとこんなにも違うんだと笑いを堪えた。
「真田…内示が出たんだが…」
「内示…ですか?」
そろそろ梅雨の到来で衣替えの季節がやってくるこの時期に…内示。こんな中途半端な時期に移動となれば、何かやらかしたか急な人事移動がどこかの部署あり、そこからの欠員補充。
後者の確率が高いのだが、真田は何かやらかしたのではいかと意識を張り巡らせた。
「移動先は営業企画部なんだが…向こうで寿退社と産休が出るらしくてな…まあ隣なんだが、来月付で移動になる」
ここ七階フロアには営業企画部、第一営業部から第四営業部が仕切られている。
真田の頭の中でさっきの光景が蘇った。営業企画部…そこには清藤がいる。この第一営業部は居心地は良かったが、あの人に少しでも近付きたいと思っていたのも事実だった。同じ会社にいて見ているだけの人。そこに行けば少なからず話せる事は明確だ。このチャンスを逃したらきっと話すことさえなく終わってしまう…
いやいや…
自分が恋い焦がれているような思考に頭を振る。俺はあの人以上の人間になりたいだけだ。
嫉妬、妬み、憧れを含んでいる自分の感情もわかっている。それ以上に盗めるものは盗んでやろうと思っているのも事実。
「わかりました。営業企画部で頑張ります」
覇気のある声で高居部長に返事をすれば、いけ好かない表情で真田を横目で見る。
「なんだ、お前、営業企画部に行きたかったのか?やけに嬉しそうじゃ…」
そんな事は多いにあるが、ここは高居部長の顔を立てなければと勘が働く。
「そんな事ないです。高居部長の元で働けたのは僕の誇りです。色んな勉強をさせて頂きました。企画部に行っても高居部長のお役に立てるよう頑張ります」
頭を下げれば、肩に湿った掌が乗る。
「まあ、ここで得たノウハウを生かせばどこでだってやっていけるからな。頑張れよ」
生半可違ってはいないその言葉に、自ら何度も頷き満足気に笑った高居部長を横目に見ていた。
名ばかり部長は上層部の機嫌取りが上手い。それは機嫌を損なわなければ大抵の事は揉み消す力を持っているということだ。ここから離れるとしても付き合いはあるのだからと真田は姑息に勘が働いたのだ。
サラリーマンの性だ。長いものに…とはこの事だと溜息を吐き、引き継ぎを考えながら自席へと戻った。
ともだちにシェアしよう!